第92話 細けえこたぁいいんだよ!
食堂のおばちゃんはシルバ達を視界に捉えて首を傾げた。
「あれま、クラス総出でどうしたんだい? みんな朝ご飯が足りなかったのかい?」
シルバの大食いがクラス全員に感染してしまったのかと食堂のおばちゃんは思って訊ねた。
「いや、文化祭のお店で出す料理についておばちゃんと相談したくて来た」
「合同キャンプの時もそんなことがあったねぇ。また何か新しい料理でも作るのかい?」
「そんなところ。試しに作ってみたいものがあるんだけど、おばちゃんに食堂の一角を借りられないか訊きたくてさ」
「面白そうだから良いよ。食材については無駄遣いしなければ基本的に何使っても良いからねぇ」
「ありがとう。早速チャレンジしてみる」
シルバが作ったクッキーや野菜チップス、ケチャップは今となってはかなり有名なので、おばちゃんはまた新しい何かがここで生まれるのだろうと思いつつシルバに許可を出してから自分の作業に戻った。
クラスメイト達にも言った通り、シルバがチャレンジするのはマリアに教わった料理だ。
クッキーと同じく異界には材料がない口伝の料理なので、今までの料理の経験や食堂のおばちゃん達の調理法を参考に作る。
「まずはじゃがいもを洗って皮をむいてスライサーで薄切りにする」
シルバはクラスメイトが目で見て覚えられるように実演しながら手順を説明する。
「それが終わったら重ねて包丁で千切りにするんだ」
「シルバ、すごい」
「シルバ、職人」
ソラとリクがいつもの調子で感想を漏らすが、目を見開いているあたり驚いているのは間違いない。
「千切りが済んでから、塩胡椒をを少々振るよ」
「少々ってどれぐらいかな?」
「少々は少々でしょ」
「細けえこたぁいいんだよ!」
最後のコメントはヨーキから出たものである。
ロックの疑問にサテラが答えられなかったことに対し、フォローと呼ぶには悩ましいコメントの勢いでロックを静かにさせた。
「フライパンを温めたら、油を馴染ませてじゃがいもを均等に丸く広げながら焼く」
「均等にって地味に難しそうだね」
「その辺は慣れだな。文化祭までに頑張って会得してくれ」
「こういうのは私向けかもしれない」
メイが自分にこの作業ができるだろうかと心配する一方で、タオは根拠がないけれど調合で正確な作業に慣れているから得意なのではと口にした。
他にも作ろうとしているレシピがあるので、文化祭当日までにここにいる半分ぐらいが作れるようになれば上等だろうとシルバは思った。
「軽く焼き目がついたら裏返し同じように焼く。カリッと仕上がれば完成だからしっかり見といてくれ」
シルバはそれから裏面が焼き上がるのを待ってから綺麗なまな板の上にそれを置き、試食しやすいように適当にカットした。
それから11枚の皿に取り分け、ケチャップをお好みでかければ完成である。
「はい、ジャガイモのガレットのできあがり」
「「「「「おぉ」」」」」
「これなら僕にも作れそうだ」
「よっぽどのミスがない限り失敗しないだろうなー」
ヨーキ達は手軽にできたジャガイモ料理に感嘆した。
アルはいつか遠くない将来、シルバに作ってあげられそうだとやる気になった。
ポールは複雑な手順がなければミスする可能性が減るので、これならば初心者でも作れそうだと感心していた。
早速味見してみると、カリッとした触感が癖になってあっという間にソラとリクが食べ終えてしまった。
「「もう一枚」」
「ごめん、次のレシピを作るからまた今度だ」
「がっかり」
「残念」
ガレットが気に入ったのかソラとリクはしょんぼりした表情になった。
シルバはあっさり食いしん坊姉弟を餌付けしてしまったようだ。
「それじゃあ次の料理を準備するよ。今日はあともう一品紹介したい。今度は皆にも皮むきを手伝ってもらいたい」
「僕がやる」
「俺も!」
「私もやるわ」
余っているピーラーの都合でアルとヨーキ、サテラに皮むきを任せ、シルバは皮むきが終わったジャガイモの加工を行うことにした。
「3人がむいてくれたじゃがいもはボウルに移してこうやってマッシャーで潰す」
シルバは力を入れてジャガイモをマッシュしていく。
「先に潰した方は僕がやるとして、今アル達が皮むきしてる3つのジャガイモはウォーガンに潰してもらおうかな」
「任せてくれ」
「俺の方は十分に潰せたから小麦粉を入れて混ぜ合わせて、まとまって来たところで塩胡椒の味付けをする」
「これも少々?」
「そうだな。少々で良いと思う」
タオの質問にシルバは首を縦に振った。
ウォーガンがマッシュし始めたのを確認してからシルバは次の工程に進む。
「一口大に平べったくしたら、フライパンに油を入れてから揚げ焼きするんだ」
「「揚げ焼き」」
ソラとリクにとっては聞き慣れない言葉だったらしく、シルバの調理法をオウムのように復唱した。
「こうやってこんがりした感じになったらひっくり返す。裏面も同じぐらいにするんだ」
それから両面が同じぐらいこんがりしたのでシルバは油を切る。
「油を切ってから皿に盛り、お好みでパセリとケチャップをかければマッシュフライの完成だ」
「「「おぉ」」」
「俺も食べたい!」
「大丈夫。ウォーガンが潰してる分で全員食べられるから。手伝ってくれたメンバーは先に食べて良いぞ。ハワード先生もお先にどうぞ」
「なんと・・・」
「手伝えば良かった・・・」
自分達はすぐに食べられないと知ってソラとリクがしょんぼりした。
「あげないとは言ってないだろ。第二陣で食べさせてやるからちょっとだけ待っててくれ」
シルバはソラとリクを宥めつつ、先に試食しているメンバーの様子を窺った。
「サクフワで美味しい!」
「これも良いな!」
「初めて食べる味ね!」
「美味い!」
「ほー、これはこれでいけるなー」
好評であるとわかったら、まだ試食できていないメンバーが自分達も早く食べてみたいと目で訴えるのでシルバは第二陣の揚げ焼きを開始する。
そして、両面綺麗に揚がったのを確認してパセリとケチャップをかけたら残りのメンバーにも提供した。
「外はサクサク」
「中はフワフワ」
ソラとリクはグルメリポーターをやるにはもっとリアクションを派手にしなければ厳しそうだ。
それでも、幸せそうに食べているのだからこれはこれで良いのかもしれない。
クラス全員が試食を終えた後、シルバは感想を訊いてみることにした。
「時間の都合上、今日は二品だけ俺が知ってるじゃがいも料理を披露した訳だがどう思う?」
「なんかこう、ジーナが目を金貨に変えて現れそうな予感がする」
「これなら話題になること間違いないな!」
「ワンチャンあると思うわ!」
「「美味。もっと食べたい」」
この反応ならば良いのではないだろうかと思いつつ、シルバはチラッとポールの方を見た。
「良いんじゃねえの? 目新しいことは間違いないと思うぞー」
「ということだ。ヨーキ、とりあえずこの二品は決まりで良いんじゃないか?」
「そうだな。やらない手はない。ちなみに、シルバ的にはあと何品ぐらいあった方が良いと思ってる?」
ヨーキはガレットもマッシュフライも初めて食べたから、目新しさという点ではポール同様に間違いなく目立てると思っていた。
しかし、もうあと何品かあっても良い気がしてシルバの意見を訊ねてみたのだ。
「あと二品かな。パクパク食べれるものとか、寒くなって来たしスープとかありだと思う」
「良いな、それ。また次のロングホームルームで教えてくれ」
「了解」
試食会が終わった後、ちゃんと皿洗いまでやるのがシルバクオリティだ。
そこまでしなくても良いと食堂のおばちゃんは言ったけれど、設備や食器を借りた以上片付けまでやるのが筋だとシルバが言えば、彼女は立派な子だねと感心した様子でシルバの好きなようにさせた。
「おばちゃん、ありがとう。また次の機会にも使わせてくれると助かる」
「あいよ。あんた達なら忙しくない時なら歓迎するさね」
やはり、シルバが使ったら片付けまでしっかりやれる学生だからこそ、食堂のおばちゃんも快く調理場の一角を貸してくれるのだ。
普段の行いはこのようなイベントの時に影響が出て来るので適当にしてはいけないということである。
片付けを終えた後、シルバ達はB1-1の教室に戻ってから3時間目の授業を受けた。
この日、昼休みに入るまで誰も空腹のサインを鳴らすことがなかったのは腹持ちの良いじゃがいも料理を試食したからなのは間違いない。
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