第130話 血筋だけで国が治められるなら苦労しないでしょうに

 禁書庫を出たアルケイデスがスキルチェッカーを処分した後、アルケイデスの前に銀髪のツインドリルの女性が護衛を連れて現れた。


「今度は姉貴か」


「その言い方だと兄さんは既に接触したようね」


 アルケイデスが姉貴と呼んだのは第一皇女のロザリーだった。


 やはり来たかと思ったアルケイデスは若干げんなりした感じで応じる。


「接触というか、俺達の都合を無視してアズラエルとシルバに模擬戦をやらせたぞ」


「兄さんは相変わらずですね。それで、シルバとレイは無事なんですか?」


「シルバはアズラエルを完封した。だから、姉貴も余計な手出しをするな」


「それはそれは」


 アズラエルが第一皇子イーサンの護衛なのは彼の保有する戦力の中で、アズラエルが一番強いからだ。


 シルバがそんなアズラエルを完封する実力の持ち主だと聞けば、ロザリーは2つの理由からにっこりと笑った。


 1つ目はアズラエルを使ってイキっているイーサンが負けたことにざまぁと思ったからで、2つ目はアズラエルを倒せる実力者がイーサンの派閥に入らなかったからだ。


 アズラエルが負けたという情報をどう利用してやろうかと考える一方で、敵の敵を味方として引き入れられる可能性をどのように見出すかも考えねばならない。


 ロザリーは立ちはだかる壁が高い方が燃えるタイプなので、アルケイデスは密かに彼女がドMなのではないかと思っていたりする。


 勿論、ロザリーを不用意に怒らせるのも面倒なため、決して口には出さないのだが。


「アルケイデス、私にシルバとレイを紹介してちょうだい」


「断る。シルバはアズラエルとの戦闘のせいで完封したとはいえ、作業に遅れが生じてるからな。これ以上邪魔しないでくれ」


「・・・今日のところはおとなしく引き下がりましょう」


 考えた結果、ロザリーは今日シルバに無理に会おうとするのは悪手だと判断して引き下がった。


 ロザリーと護衛がその場から去って行くのを見送った後、アルケイデスは禁書庫の中に戻った。


「遅かったですね。何かあったんですか?」


「ん? あぁ、姉上が来てシルバに会わせろって言うから追い返した」


「そうでしたか。ありがとうございます」


「良いってことよ。流石に皇族2人のわがままを同じ日に何度も受けたくはないと思ってな。正解だったようだ。シルバの方は何をやってたんだ? スキルチェッカーの量産か?」


 アルケイデスはシルバを気遣って正解だったと判断すると同時に、シルバが自分の外に出ている間にスキルチェッカーを3枚仕上げていたのを見て訊ねた。


「量産というよりはパターンの違うスキルチェッカーを描いてました。それぞれ使った後に凍って砕けるタイプとバチッて静電気みたいになってから弾けるタイプ、光って消滅するタイプです」


「全部シルバが使える属性だな」


「はい。アレンジするには属性について理解がないと駄目なので、俺が使える属性で試しに作ってみました。もう少し時間があれば、風でバラバラになるタイプも作れたかもしれません」


「なるほど。レイの風付与ウインドエンチャントで風属性とも馴染みがあるのか」


「その通りです」


 そんな話をしているところでレイがお昼寝から目を覚ました。


「キュ~」


「レイ、起きたんだ?」


「キュイ」


 眠い目を擦って数秒もすれば、レイの意識は覚醒してシルバの肩に飛び移った。


「スキルチェッカーが3枚か。これ、貰っても良いか?」


「別に構いませんよ。作り方さえわかれば作れるものですし」


「シルバ、ポンポンと魔法道具マジックアイテムを作って周りに広めるなよ? そんなことをしてたらお前を狙う奴が増えるだけだから」


「わかってます。作るなら時と場合を考えますよ」


「よろしい」


 アルケイデスはシルバが無自覚にやらかして攫われるリスクが増えそうだと思い、そうなる前にシルバに釘を刺した。


 シルバもわざわざ周りから狙われる可能性を増やしたい訳でもないから、アルケイデスの言葉に頷いている。


 それはそれとして、シルバは国内で真っ先に自分を狙うであろう2人について訊ねてみることにした。


「アルケイデスさん、第一皇子殿下と第一皇女殿下について教えて下さいませんか? 今のところ、国内で俺を狙うだろう人達ってそのお二方でしょうから」


「そうだな。知っといて損はないか。端的に説明すると兄貴は頭が良いけど自己中で、姉貴はとにかく腹黒い。どっちも戦闘よりも頭を使う方が得意だな」


「アルケイデスさんは戦えるのにお二方が戦えない理由はなんでしょう?」


「さてね。戦うのは自分の役割じゃないって思ってんじゃねえかな。賢さも大事だが、割災はエリュシカの民の前に等しく生じるんだから自分で戦えるべきだと俺は思うがね」


 アルケイデスは頭脳全振りな兄と姉に対してやれやれと首を振る。


「俺も師匠からただの戦闘馬鹿になるなって言われて勉強もしました。上達具合によってはどっちつかずになってしまいますが、戦えるだけじゃなくて賢い方が生きてくのに苦労しないって言われましたね」


「拳者様のおっしゃる通りだ。戦えるだけでも頭が良いだけでも駄目だ。皇帝になるんなら、カリスマ性とかリーダーシップでどうにかなる場合もあるだろう。だが、俺から見てあの2人は自分が上に立つことしか考えてねえからなぁ」


「アルケイデスさんが皇帝を目指すんじゃ駄目なんですか?」


「軍の上層部には血筋だけを重んじる奴も一定数いるんだ。死んだ母上は皇帝陛下と軍学校時代のクラスメイトだったそうだが、その血筋は由緒正しい家柄ではなく平民だった。それが気に食わない者もいるってことだ」


「血筋だけで国が治められるなら苦労しないでしょうに」


「それな」


 シルバの一言にアルケイデスはそれに尽きると苦笑した。


 血筋だけでは国が治められないけれど、帝国や王国で血筋が重視される理由はちゃんとある。


 それは両国には血統武装と呼ばれる皇族や王族にしか使えない装備があるからだ。


 その血統武装を使うには皇族や王族の血が求められる条件が付く分、逆境を一手でひっくり返せるような機能があるからこそ血筋を重視する者がいるのである。


 血統武装は帝国や王国にとっては切り札だから、それが使えなくなってしまうのは不味いと考えてもおかしくはない。


 それゆえ、皇帝や国王には血統武装が使える強く賢い者が就くのが理想と言われている。


 ちなみに、皇帝フリードリヒの正妻は他国の姫だから平民よりは尊い血と考えられるが、ディオニシウス帝国の血統武装を扱うという点においてはイーサンだろうとアルケイデスだろうと皇族としての血の濃さは変わらない。


「アルケイデスさんと他のお二方のどなたかが次の皇帝になるならば、俺はアルケイデスさんになってほしいですね」


「うーん、そう言ってくれるのはありがたいんだが、俺が継承権争いに名乗り出るとこの国が更に割れるからなぁ」


 今の帝国の軍人や主だった商会は第一皇子派と第一皇女派、無所属のいずれかに属する。


 シルバは今まで無所属であり、彼の周りも無所属な者ばかりだったせいでわかりにくいかもしれないが、ここでアルケイデスが継承権争いに参加すると第二皇子派が新たに誕生することになる。


 無所属が第二皇子派にまるっとひっくり返るだけなら帝国はこれ以上割れないが、政治に興味を持たない層は一定数いるだろうからそうはならないだろう。


 アルケイデス自身に野心がないこともそうだが、これ以上自国を割りたくないという思いもあってアルケイデスは継承権争いにいまいち気乗りしないのだ。


 だがちょっと待ってほしい。


 アルケイデスは大事なことを忘れてはないだろうか。


「あの、今更な話で申し訳ないんですが、俺とレイ、アルの後ろ盾になってますし、帝国軍内で一目置かれてるハワード先生と友好的なアルケイデスさんは既に1つの派閥を形成してるのではないでしょうか?」


「Oh・・・」


 本当に今更ではあるが、アルケイデスも自分が普段関わっているメンバーを考えてそうかもしれないと気づいた。


「というか、そうでもなければ第一皇子殿下が俺を引き抜きに来ないと思いませんか?」


「あー、あぁ・・・」


 最初のあーは考えを巡らせるためのもので、次のあぁはそうだったと納得してぐったりしたことによって口から出たものだ。


「俺から是が非でも皇帝になって下さいとは言いませんが、俺は他のお二方よりもアルケイデスさんの方が皇帝に相応しいと思ってることだけは覚えておいていただきたいです」


「わかった。積極的には狙わんと思うが、兄貴と姉貴のどちらにも肩入れするつもりもない。頼りにしてくれることは嬉しいし、シルバ達を守るためにどうしてもその地位が必要となったら皇帝を目指そう」


「ありがとうございます」


 シルバとアルケイデスは握手を交わし、密かに第二皇子アルケイデス派が誕生した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る