第79話 あのさ、レッドウルフを撃退したのは俺なんだわ

 シルバとアルが学生会室に入った時、既にメアリーとイェンが業務を始めていた。


「「こんにちは」」


「シルバ君、アル君、こんにちは」


「こんにちは。今日はシルバも来れたのね」


 キマイラ中隊第二小隊が立ち上げられて以降、シルバは学生会室に顔を出せる回数が減っていた。


 小隊長になってしまうと、どうしても小隊長としてやらなければならない業務が発生してしまい、そちらを優先せざるを得ないからである。


「何かやれる業務はありますか?」


「それならそこの書類の山の整理をお願いしても良い?」


「「はい」」


 メアリーが高く積まれた書類の山を指したのに対し、シルバとアルは返事をしてすぐに整理に取り掛かった。


 この書類の山は来月開催予定の学生会OBOG会のものだ。


 ロウが学生会加入のメリットとして軍人とのコネを例に挙げたが、この会はまさしく現役の学生と軍人の交流を目的としたものだから、学生会メンバーにとって大事なイベントである。


 テキパキと作業を終えたところで、アルはメアリーとイェンに訊ねる。


「ロウ先輩がいないのはフィールドワークだからだと思いますが、会長がいないのはどうしたんですか?」


「H5-1はB5-1の応援要請を受けて現地で治療してるんだって」


「ニュクスの森でレッドウルフが出たらしい。ミミック探しのはずがレッドウルフのせいでそれどころじゃないなんてかわいそう」


 イェンはかわいそうと口にしたが、表情からはそのように思っていなさそうだった。


 B5-1にロウがいるからだろう。


「1年生はへメラ草原でミミックの捜索だったよね。シルバ君とアル君はミミックを見つけられた?」


「見つけられましたよ。ミミックの上位種でしたけど」


「「え゛?」」


 軽い気持ちでメアリーが質問したところ、それに対するシルバの答えがサラッと新発見だったのでメアリーとイェンの手が止まった。


「どうかしましたか?」


「また発見しちゃったの?」


「そうですね。俺とアルもびっくりしました」


「びっくりで済んじゃうのかぁ」


 予想外の事態にメアリーは苦笑しており、イェンは固まっている。


 ミミックの発見もシルバ達によるものだったが、その上位種もシルバ達が発見したともなれば驚かないはずがないだろう。


 アルは自分達がミミックの上位種を見つけたことを誇らしく思い、ニコニコしながら補足情報を口にする。


「上位種は開いた瞬間に針を飛ばして来るんです。シルバ君は全部キャッチしてましたけど」


「キャッチできちゃうんだぁ」


「器用過ぎる」


「流石はシルバ君ですよね」


 自分だけ話のネタにされるのはどうかと思ったのか、シルバはちょっと待てとアルに興味を向かせようと自分も補足する。


「何言ってんだよアル。アルだって地面を掘り起こしながら進んでたじゃん」


「アル君もアル君だった」


「どっちもどっち」


 メアリーとイェンは規格外なのはシルバだけじゃなくてアルもだと判断した。


「先輩達は今日、どんな授業を受けてたんですか?」


「私は選択授業で体を動かしてたよ」


「私は物資の運搬練習」


 メアリーは夏季合宿で自分の体力のなさを痛感したので、会計コースの学生としては珍しく夏休み明けからの選択授業では体育を選択している。


 今日は走り込みだったらしく、メアリーも少しずつではあるものの体力が付いてきているようだ。


 イェンは支援コースなので、物資の運搬が抗議として行われる。


 真面目にやり続ければ支援コースの学生達は体力と筋力がつくに違いない。


 いずれにせよ、2人共夏季合宿の反省点から体力作りは一生懸命やっているようだ。


「今なら鬼ごっこをしても倍の時間は逃げられると思うよ」


「自信満々じゃないですか。またやります?」


「・・・遠慮しておくよ。今やったら疲れて眠むっちゃうからね」


 今から鬼ごっこするかとアルが提案した途端にメアリーが激しく首を横に振った。


 余計なことは言うものではないと心の中で反省もしている。


 シルバ達が雑談をしているところでエイルとロウが学生会室にやって来た。


「こんにちは」


「お疲れーっす」


「ロウ先輩、ミミックの上位種は見つけられましたか?」


「おう。針を飛ばして来る奴だよな。遭遇して捕獲したぜ。俺が初めて発見したと思ったんだけど、その前に発見した学生がってまさか・・・」


 ロウは自分で話しながら心当たりが目の前にいることに気づく。


 まさかという表情のロウに対し、アルがニヤリと笑みを浮かべながら頷く。


「そのまさかです。僕とシルバ君のペアがへメラ草原で見つけました」


 そこを狙い目だと察してイェンが追撃する。


「虫、今どんな気持ち? 自分が一番だと思ったけど実は二番目だったって聞いてどんな気持ち?」


「ぐぬぬ・・・。今日も今日とてイェンのdisが熱いなぁ」


 イェンが水を得た魚のように自分をdisって来るものだからロウは苦笑いである。


 ロウとイェン、アルがお約束のやり取りをしている間、シルバはエイルに話しかけていた。


「会長は5年生の治療だったんですよね?」


「その通りです。レッドウルフがパープルウルフ2体を従えて現れたせいで怪我人がそこそこ出たんです。私達がニュクスの森に着いた時にはパープルウルフ2体の死骸しかありませんでした」


「レッドウルフを撃退したと考えるべきか、逃がしてしまったと考えるべきか悩みますね」


「撃退したと考えてはいけないのですか?」


 エイルはシルバってここまで好戦的だったかしらと思いながら訊ねた。


「モンスターにも人間と同様に様々な個体がいますが、ウルフ系のモンスターはプライドが高いんです。手負いのまま逃がしたとなれば、強くなってから復讐しに来るでしょう。今回は手下のパープルウルフも倒した訳ですし、絶対復讐してやるとおもってるはずです」


「そうなんですか?」


「はい。以前、俺がレッドウルフと戦って逃げられた時に師匠からそのように教わりました。その後、本当にレッドウルフが強くなってリベンジに来ましたよ」


 シルバの経験は異界での話なので、エリュシカにいるレッドウルフよりも更に尖ったレッドウルフの話だ。


 異界と比べてモンスターの総数が圧倒的に少ないエリュシカでも同程度の怒りを燃やすかは不明だが、復讐するのは間違いないのでシルバはこの話をした。


「恐ろしい話ですね。レッドウルフが復讐相手とするのは自分に傷をつけた者だけでしょうか?」


「そればかりはわかりません。どこまでダメージを負わせたか、また、その個体のプライドがどこまで高いかによって変わります。もしかしたら、人間は全て殺すべき敵と思ってるかもしれませんし、自分に傷をつけた者だけは許さないと考えるかもしれません」


 シルバとエイルが話しているところにロウが加わる。


「あのさ、レッドウルフを撃退したのは俺なんだわ」


「大変。虫がリベンジマッチまでに強くなれないと死ぬかも」


「イェン、そこは嘘でも心配する素振りを見せようぜ?」


「断る」


「やだー、検討の余地なしじゃないですかー」


 そう言うロウにはまだ余裕が感じられる。


 シルバはロウがどこまでレッドウルフを追い詰めたのか気になって訊ねてみた。


「ロウ先輩、レッドウルフと1対1で戦いました?」


「おう。パープルウルフ2体と分断してクラスメイトにそっちを任せてレッドウルフと戦ったのは俺だけだな」


「レッドウルフにどこまでダメージを与えましたか?」


「片目を見えなくした。後は全体的にチクチクとダメージを与えたかな」


 そこまで聞いてシルバは結論を出した。


「そのレッドウルフが特殊な個体じゃない限り、ロウ先輩だけを執拗に狙うと思います。ついでに言えば、同じだけ痛めつけてから倒そうとするでしょうね。これはあくまで師匠から聞いた話と俺の体験談からの推測ですが」


「・・・頑張って」


「その言葉は笑いを堪えて言うもんじゃないと思うぜ」


 シルバの話を聞いてイェンが必死に笑いを堪えながら言うと、ロウはやれやれと首を振ってから応じた。


 シルバにはロウをビビらせるつもりはなかったからちゃんとフォローもする。


「ロウ先輩、ゴブリンホイホイGの技術を転用してウルフホイホイGが作れないかクレアさんに相談してみてはいかがですか? 対抗手段は持っておくべきです」


「そうだな。今からクレアに会いに行って相談してみる。サンキュー。シルバは頼りになるぜ」


 ロウは学生会室を出て調合研究クラブのクラブ室へと向かった。


 シルバとロウのやり取りを見て、シルバは本当に頼りになると女性陣が尊敬の眼差しを向けており、アルはシルバに自分のライバルをこれ以上増やさないでほしいと心の中で願った。

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