第146話 ファイナルアンサー?

 89期学生会合宿の2日目、エイルを講師に迎えて朝食後からプログラムが再開する。


「では、午前中は私が先代の学生会長として89期学生会のチームビルディングをお手伝いします。まずは2人組のチームに分かれて下さい。ただし、メアリーとイェン、シルバ君とアリエルさんはそれぞれ組んじゃ駄目です」


「メリルちゃん、組もうか」


「俺はジョセフと組むかな」


「僕はイェン先輩と一緒ですね」


 学生会の役職的に丁度良い感じでチームが分けられたのを確認し、エイルは説明を再開する。


「チームに分かれましたら、背中合わせに座って下さい。片方に紙 1 枚とペンを渡し、他方にを見せます」


「はい」


「なんでしょうかアリエルさん?」


「その絵はエイルさんが描いたんでしょうか?」


 そうアリエルが発言した瞬間、エイルを除く88期学生会のメンバーがピクッと反応した。


 何故なら、エイルは絵が下手だからである。


 簡単に描けるものの絵とエイルは言ったが、エイルはその簡単なものすら人に伝わらない絵になってしまう。


 もしもエイルが用意した絵をエイル本人が描いたのだとしたら、今からやるプログラムの難易度が急激に上がるだろう。


 エイルの絵の正体を突き止めるというアクションが事前に求められるかもしれない。


 それだけでプログラムの難易度が上がると思われるあたり、エイルの絵の力量は皮肉な表現の方で画伯である。


「どうしてそのようなことを質問するのかわかるのが悲しいですが、今回はちゃんと絵の近くにそれが何か文字で説明してあります」


 (それはもう文字だけで良いのでは?)


 シルバがそのような感想を抱いたのと同じように、アリエルやメアリー、イェンも考えているようだ。


 そこで口を開いたのはメリルだ。


「あ、あの」


「どうしましたかメリルさん?」


「さ、最初から文字だけで良かったのではないでしょうか?」


 (メリル!? それは触れなくて良いんだよ!?)


 普段ならわざわざしなくても良いなら発現しないメリルが余計なことを言ってしまったので、シルバは心の中でツッコんだ。


 おとなしそうなメリルにズバリ言われたエイルだが、短く唸ってプルプル震え始めた。


 それを見てフォローしようとメリルがまた口を開く。


「す、すみません。わざわざお手間を取らせてしまったのにだなんて言ってしまって」


「ぐすん、シルバ君、慰めて下さい」


「よしよし。エイルさんの絵は味があってエイルさんらしいですよ」


 膝から崩れ落ちそうになったエイルが自分に近づいて来たため、シルバは立ち上がってエイルを優しく抱き留めた。


「良いなぁ」


「キュイ」


 エイルがシルバに抱き留められたのを見て、アリエルとレイが羨ましそうな視線をエイルに向けた。


 その一方、エイルが自分のせいで落ち込んでしまったからメリルはアワアワしており、そんなメリルの肩にメアリーがポンと手を置いた。


「あんまり気にしなくて良いよ。追い打ちまでしちゃってたけど、メリルちゃんの言ってることは正しいし」


「は、はい・・・」


 肩身の狭そうな様子のメリルはメアリーからの言葉を受けて少しだけ気持ちが楽になった。


 シルバに慰めてもらって気持ちをリセットした後、エイルは咳払いして説明を再開する。


「失礼しました。では、絵を受け取った人はそれを見て相手がそれを描けるように、見た物の名前を直接使わずにその絵を説明します。例えば、ハンバーガーを描いて下さいと伝えるのはアウトです。下から順番にパンとレタス、肉、トマト、ソース、パンを乗せた食べ物を描いて下さいと伝えましょう」


 この説明だけでハンバーガーのイラストはないだろうことがわかったが、絵を渡されたイェンとメリル、ジョセフがエイルの話を聞いて頷いた。


「質問がなければ早速始めますが大丈夫ですか?」


 エイルが全員の顔を見て問題ないとわかると始めて下さいと開始の合図を口にした。


 それにより、ジョセフがシルバに自分の手元にある絵について説明を始める。


「シルバ先輩、描いてほしい物のジャンルは刃物です」


「刃物ね。了解」


「長さは物に寄りますが、使い方は大きさを問わず穴に指を通して握ってから使います」


「主にどんな時に使う?」


「紙を切る時に使います。使ってる時の音はチョキチョキとでも言いましょうか」


「OK。わかった。描くわ」


 ジョセフが伝えたい絵について理解したので、シルバは手に持った紙に自分が導き出した答えの物を描き始めた。


 その隣ではイェンがアリエルに描いてほしい物について説明していた。


「アリエルに描いてほしいのはモンスター」


「モンスターですか? その時点でエイルさんが描けたとは思えないんですけど」


「大丈夫。説明があれば十分にわかるし、他の人が描いたら簡単なのは間違いないから」


「それなら描けそうですね」


 エイルが描いたモンスターとなれば、説明があっても本当にそれが正しいのか不安になるかもしれない。


 しかし、エイル以外にとっては簡単に描けるモンスターと聞いたことでアリエルの中でハードルがグッと下がった。


「全体の形は箱。外見は偽装して近づく者を油断させる」


「わかりました。上位種は針を飛ばす奴ですよね?」


「その通り」


 アリエルはイェンが伝えたいモンスターを理解して迷うことなく描き始めた。


 最後の一組であるメアリーとメリルの組はと言えば、こちらも順調のようだ。


「じゃ、じゃあ、紙がいっぱい詰まった束なんですね?」


「そうだよ。軍学校の講義でよくお世話になってると思うの」


「わ、わかりました。描いてみます」


 メリルもメアリーが言わんとしている物を理解し、綺麗に線を引いて絵を仕上げていった。


 いずれの組も絵が完成したようなので、エイルがそこまでと告げてシルバとアリエル、メリルに絵を描いた紙を提示させる。


「俺がジョセフから描くように言われたのは鋏です」


「僕がイェン先輩から描くように言われたのはミミックです」


「わ、私が会長から描くように言われたのは教科書です」


「ファイナルアンサー?」


 エイルが本当にそれで良いのかとシルバ達に揺さ振りをかけるが、シルバ達は自分とペアになった相手とのコミュニケーションを信じて頷く。


「「「ファイナルアンサー」」」


 エイルは溜めに溜めてからにっこりと笑った。


「3組とも正解です。おめでとうございます」


 エイルの口から正解と聞いてシルバ達はホッとした。


 自分達が描いた絵に自信はあったけれど、やはり出題者エイルの口から正解だと聞かなければ安心できなかったようである。


「次はもっと頭を使ったプログラムですよ。とある状況下において、自分達とは違う立場だったらどう動くか6人で考えてみて下さい。お題はサタンティヌス王国の王都にブラック級モンスターが3体同時に現れた時、自分達がサタンティヌス王国軍だったらどうするかです」


「滅びれば良いんじゃないかな」


 (アリエルさんや、私怨が込められてるぞ)


 ボソッとアリエルが滅びれば良いと言ったのを聞き取り、シルバは心の中で苦笑した。


「キュイ」


「そうだね。レイがいれば百人力だよ」


 レイが自分もいるから大丈夫だと自分に訴えるので、シルバはこのプラグラムの意図には適していないけれどレイの気持ちが嬉しかったのでその頭を優しく撫でた。


 今回はあくまでサタンティヌス王国軍の立場で考える必要があり、レイはディオニシウス帝国、性格にはシルバの従魔だからサタンティヌス王国に味方をする理由がない。


 だから、レイの申し出は嬉しくともそれはそれとして対応を考えなければならない。


「全員で話し合うなら私が議長をやるね。イェンは書記をお願い」


「わかった」


 メアリーはキリッとした会長モードになり、イェンに指示を出した。


 エイルから学生会長の後を継いで8ヶ月も経てば、メアリーだって会長らしく振舞えるのだ。


 シルバもレイに構ってばかりでプログラムに参加しないのは不味いので、頭を切り替えて話し合いに参加する。


「モンスターをテイムする技術が王都にも残っているならば、テイムを考えるのはどうでしょうか?」


「テイムは倒すのよりも大変そうだけど、ブラック級モンスターを味方に引き入れられるならやらない手はないね」


「会長、戦わなきゃならないのはそうなんですが、そのまま戦ったら王都に甚大な被害が出ます。王都にはシルバ先輩達がいないんですから、人のいない王都の外に誘導する必要があります」


「そうだね。被害を最小限にする必要があるから、ブラック級モンスターを王都の外に誘導する作戦を立てないとね。また、3体を同じ場所に集めるか分散させるかも議論しないといけないね」


 議論はどんどん活発化し、最終的には王都の外にまとめてブラック級モンスターを誘き出して共倒れするような立ち回りを行い、隙があればテイムすると言う結論が出た。


 エイルは後輩達がちゃんと議論できているのを見て、これなら安心だと優しく微笑んでいた。

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