第207話 リスクなく得られる強さなんて存在しない

 翌日、ワイバーン特別小隊とポール、ソッドが帝国軍の基地にある第一訓練室に集まった。


 アルケイデスが混乱剣アカ・マナフを使えるか試せと指名したのはソッドだった。


 キマイラ中隊の中隊長であるソッドだが、質は良いけど無銘の剣を使っている。


 そろそろソッドにも箔を付けたいところだから、アルケイデスがソッドを指名した訳である。


「アルケイデス殿下に指名していただいたのは感激ですが、以前みたいに混乱剣アカ・マナフに避けられませんかね?」


 ソッドは騒乱剣サルワの所有者になろうと挑んだ際、それを掴もうとしたら避けられたことがあった。


 その出来事がソッドの中では印象的であり、果たして今回は大丈夫なのだろうかと心配に思ったようだ。


 心に迷いがある状態では、混乱剣アカ・マナフに都合良く操られてしまうかもしれない。


 シルバはそのように心配してソッドに声をかける。


「大丈夫ですよソッドさん。今回は混乱剣アカ・マナフが自分を使いたい者を全て試すと言ってますから」


「そうなのかい? それなら逃げられる心配はないね」


 シルバのお墨付きを得てソッドはホッとしたように言った。


「兄貴、気を付けろよ。あの糞野郎は誰でも試す代わりに性根が腐ってやがるからな」


「ロウも試されたんだったね。なんて言われたのか教えてくれ」


「『この中で最も身分も実力も低い男が英雄になるチャンスを手にする時が来た』って言われた。そりゃワイバーン特別小隊の中じゃ一番下かもしれないが、人が気にしてることを的確に突いて来るのが腹立たしい」


「なるほど。それはまた癖が強い剣のようだ。気を引き締めて臨むとするよ」


 ロウの助言を受けて顔を引き締め、ソッドが第一訓練室の床に置いてある混乱剣アカ・マナフと向かい合った。


 そのままソッドが混乱剣アカ・マナフを手に取ると、それがソッドの頭に直接話しかける。


『へぇ。君ってばあそこのチャラ斥候のお兄さんなんだね』


「弟が世話になったらしいな」


『いやいや、世話だなんてそんな大層なことはしてないさ。ただ、彼に力を与えようと思っただけだよ。残念ながらフラれちゃったけど』


「剣が人と付き合えるのか? それと弟は君を糞野郎、つまりは男だと断定してたけど」


『君、なかなかの天然だね』


 混乱剣アカ・マナフはソッドが会話相手として苦手な天然タイプだと察した。


 柄を握られたことにより、混乱剣アカ・マナフはソッド=ガルガリンという人間について床に放置されていた時よりも詳しく知ることができた。


 腐りつつあった帝国軍を良くしようとする正義の心、強者と戦ってお互いを高め合いたいという向上心、人の感情に鈍感で話がズレることもある。


 こんな特徴を混乱剣アカ・マナフはソッドから引き出していた。


「天然? 何がだい?」


『あぁ、うん。なんでもない。でも、そうだなぁ。自分が正しいと思ってる奴を殺戮人形にするのが最高の愉悦な訳だし、君を闇落ちさせるのはわくわくするね☆』


 仮にロウじゃなかったとしても、混乱剣アカ・マナフを糞野郎と言いたくなるのは何もおかしくないだろう。


「それなら勝負をしようじゃないか。君が今、私を操れるなら操ってみるが良い。私はそれに抗おう。君が勝てば私は殺戮人形になり、私が勝てば君は従順な両手剣になる。どうだい?」


『いいね。偶には真っ向勝負も悪くない。それにしても、君は随分思い切りが良いね。自分が負けた時に周りに迷惑がかかるとは思わないの?』


「リスクなく得られる強さなんて存在しない。どんな技術だって会得するのにそれ相応の努力やリスクを負うものだ。それに、ここには私よりも強い人が2人もいるからね。万が一のことがあっても、私が意思のない殺戮人形として動ける時間は僅かだろうさ」


『まあ、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの主人とは戦いたくないね。あれは異常だから。さて、雑談はここまでにして勝負の時間だ』


 混乱剣アカ・マナフとソッドのお互いの全てを懸けた戦いが始まる。


 混乱剣アカ・マナフから怪しげなオーラが噴き出し、それがソッドを包み込もうとする。


 しかし、ソッドは雷付与サンダーエンチャントを全身にかけて混乱剣アカ・マナフの侵略を防ぐ。


 ここからは出力勝負みたいなもので、徐々に両者の放出するオーラと雷が強まっていく。


『なかなかやるじゃないか。今まで他の呪われし剣が君に興味を持たなかったことが意外だよ』


「そう言ってもらえると嬉しいな。まあ、好きで呪われようとする者なんていないだろうがね」


 こうして会話を続けているけれど、どちらも手を緩めることなく力をぶつけている。


 その戦いを見守るシルバのベルトには、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがいて戦いの流れを分析する。


『若干ソッドの方が優勢なんだからねっ』


『アカ・マナフ、正々堂々、不慣れ』


 搦め手が得意な混乱剣アカ・マナフにとって、今回の戦いは苦戦を強いられているのだろう。


 だが、もしも搦め手を使ってまともに力試しをしなかった場合、自分がシルバ達に壊されるとわかっているから正々堂々と戦うしかなかったのだ。


 (ソッドさん、頑張って下さい。俺は貴方を始末するなんて嫌ですからね)


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュのコメントを聞き、シルバは心の中でソッドにエールを送った。


 その隣では騒乱剣サルワがアリエルのベルトに差された状態でガタガタと揺れる。 


「サルワ、煩い」


 アリエルがトンと柄頭を叩けば、騒乱剣サルワの動きはピタッと止まった。


 騒乱剣サルワは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュと異なり、完全にアリエルの言いなりになっているようだ。


 正確には、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが喋るのをシルバが禁止していないだけなのだが、今はそれを置いておこう。


 ソッドは自身を覆う雷の出力を更に上げ、混乱剣アカ・マナフのオーラを徐々に剣に抑え込み始めた。


『うぅ、正々堂々のスタイルがこんなにもやりづらいなんて』


「これを機に少しは真っ当になれば良いんじゃないか?」


『やだなぁ。真っ当な僕は僕じゃないだろ?』


「知らん。おとなしく使われてくれ」


『くっ、僕を御したからって調子に乗らないでよね。いずれ第二第三の僕が現れて君を殺戮人形にするんだから』


 そう言った時にはソッドの雷に出力負けし、混乱剣アカ・マナフのオーラが完全にその刃に押し込められて勝負がついた。


「第二第三の混乱剣アカ・マナフがあったら面倒だな。シルバ君と協力して壊すよ」


『それだけは止めて! オリジナルの僕も壊そうとするに違いないから! 冗談だから止めてね! フリじゃないよ!?』


 混乱剣アカ・マナフはソッドに冗談が通じないと判断し、すぐに自分の発言を撤回した。


 悔しまぎれに余計なことを言った結果、自分が壊されては笑えないだろう。


 力試しが終わり、混乱剣アカ・マナフがソッドに恭順することになったため、シルバ達は第一訓練室の中に入った。


「ソッドさん、おめでとうございます」


「シルバ君、ありがとう。最後に些細な抵抗を見せたから、シルバ君の名前を出したんだ。そうしたら、混乱剣アカ・マナフがおとなしくなったんだ」


「この剣を見つけた時、どちらが上なのか身の程を知ってもらいましたから」


「そうみたいだね。なんにせよ、これで私も呪われた剣を使えるようになった。今まで以上に帝国のために頑張らせてもらうよ」


 ソッドは前向きにそう言った。


 この様子ならば、混乱剣アカ・マナフの影響は受けているとは思えない。


「共に頑張りましょう。それで、ソッドさんも新しい武器を手に入れた訳ですし、模擬戦でもどうですか?」


「やろうか」


『ソッド、落ち着いて! これはシルバの罠だ! 僕を壊すために模擬戦を持ちかけたんだ!』


 シルバに模擬戦をやらないかと提案され、ソッドはノータイムでそれに応じた。


 混乱剣アカ・マナフはそれがシルバの策略であり、自分を壊すための口実だと思ってソッドに早まるなと訴えた。


「大丈夫だって。シルバ君はそんなせこいことをしないよ」


「ソッドさん、混乱剣アカ・マナフが何か余計なことでも囁きましたか?」


「うん。模擬戦に乗じて自分を壊すつもりなんだって怯えてる」


「安心しろ混乱剣アカ・マナフ。お前にはソッドさんと働いてもらうんだから、ここで壊したりなんかしないさ」


 この後、シルバとソッドは満足するまで模擬戦を行い、ソッドは無事に混乱剣アカ・マナフの試しを終えることができた。

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