第313話 ムラサメ家の腹黒担当はアリエルさんです

 シルバとレイが異界カリュシエに出かけている頃、ムラマサ城の執務室には第一公妃から第四公妃まで全員集まっていた。


 話し合いの司会進行は第一公妃のアリエルが担う。


「全員集まったようなので、今後の魔石の取り扱いについて話し合いを始めるよ」


「アリエル、現状ではどれぐらいの備蓄がありますか? それを全員が知った上で話し合うのが良いと思います」


「エイルの言うことはもっともだよ。勿論僕もそこから話をするつもりだったさ」


「本当ですか?」


 エイルに疑う目を向けられ、アリエルは肩を竦める。


「僕ってそんなに信用ない?」


「頼りになるとは思ってますが、常に100%信用できるかと言われると怪しいです」


「腹黒いものね。仕方ないわ」


「すみません。お二方と同意見です」


「くっ、僕を弁護してくれる人はいないのか! シルバ君、早く帰って来て!」


 エイルとマリア、ティファーナはアリエルが腹黒いことをよく知っているから、しれっと大事な情報を開示せずに話を進めるんじゃないかと心配していた。


 アリエルは自分が頼りにされていても、100%の信用は得られていないという言葉に傷ついた。


 そして、自分を弁護してくれるのはシルバだけしかいないと思い、シルバが異界カリュシエから帰って来て自分を援護してくれることを期待した。


「シルバも私達の立場だと思いますよ」


「そうね。アリエルが腹黒いことはシルバも認めてるもの」


「この間、シルバ様がいずれアリエル様はロザリー様を超える政治家になりそうって言ってました」


「シルバ君!? 君もなのかい!?」


 この場にシルバがいたならば、模擬戦で初手不意打ち落とし穴をやらかすアリエルの言葉を鵜呑みにすることはできないと言うだろう。


「ということでアリエル、魔石の在庫について証跡を提示した上で教えて下さい」


「グスン、わかったよ。みんなに僕への認識を改めてもらえるようちゃんとリストも見せるよ」


 アリエルは泣くふりをしてから、手持ちの魔石の在庫が記されたリストをエイル達に提示した。


 このリストはムラマサ城に務める文官にてしっかり管理されており、俗人的な対応によって魔石の数が合わないなんてことのないようにしている。


 もしも数が違うようであれば、管理を任された者達全員の連帯責任になるので、今までに不祥事が起きたことはない。


 リストには魔石と魔水晶の数が分けて以下の通りに記載されている。



 〇魔石

  緑魔石:56個

  青魔石:64個

  紫魔石:32個

  赤魔石:76個

  黒魔石:21個

  銀魔石:17個


 〇魔水晶

  緑魔水晶:15個

  青魔水晶:23個

  紫魔水晶:11個

  赤魔水晶:33個

  黒魔水晶:48個



 従魔の育成にも魔石は必要だから、高いランクの魔石や魔水晶の数は少ない。


 金魔石はマリナとリトが欲しがるし、虹魔石はレイが欲しがるからリストにはカウントされることがない。


 あればあるだけ取り込んでしまうので、在庫として残ることがないのだ。


「この先を考えると、供給が絞られるのは痛いですね。でも、割災が起きるよりはマシですか」


「割災は起きない方が良いわ。それに、転移門ゲートで魔石回収に行けば良いだけじゃないの。一狩り行けば金魔石をたんまり持って帰って来れるわ」


「金魔石をたんまり持って帰って来れるのはシルバ様とマリアさん、レイさんぐらいだと思います」


 ティファーナはマリアに遠慮することなく冷静にツッコんだ。


 そこでアリエルが咳払いをする。


「オホン、マリアさんとティファーナのおかげで転移門ゲートがあるから、で使う分については問題ないよ」


「国内でと強調するあたり、アリエルは将来的に魔石が世界的に不足した際、ムラサメ公国が魔石の輸出をコントロールしようとしてるのですね?」


「その通り。僕達ムラサメ公国はディオニシウス帝国とスロネ王国に魔石の取り扱いで優位に立てる。今は国力でディオニシウス帝国に劣るけど、マジフォンや他の魔法道具マジックアイテムでも徐々に優位に立てるようになって来た。その優位性をキープするにも魔石の輸出コントロールは必要でしょ?」


 エイルの疑問にアリエルが答えると、マリアは難しい表情になる。


「今の代は争うことを選ばないと思うけど、子供や孫の世代になった時も同じ状況で居続けてくれるかは疑問ね。輸出量を絞るなら転移門ゲートを自分達にも通らせろとか、自分達の方が転移門ゲートの管理を上手くやれるなんて言い出す奴が現れたら面倒なことになるわ」


「そうならないためにも、適切な輸出量や輸出方法を相談したいんですよ。できることなら、戦争の可能性は事前に潰したいと考えてます」


 マリアの懸念する内容は、当然ながらアリエルも警戒している。


 アリエルだって戦争が大好きな訳でもなければ、わざわざ戦争になりそうな方向へ舵取りしたい訳でもない。


 ティファーナは首を傾げた。


「先程から疑問なのですが、輸出して他国にマウントを取るとか以前に輸出しなければ良いのではありませんか? そうすれば、魔石を使わない道を歩むと思います。現に、闇耳長族ダークエルフ異界カリュシエにおいて魔法道具マジックアイテムなんて便利な道具なんて持ってませんでした」


「それはなかなか難しいことを言うね。ティファーナ、君はムラサメ公国で便利な魔法道具マジックアイテムをたくさん使って生活してるよね。今から異界カリュシエにいた頃の生活に戻れって言われて戻れる?」


「絶対に嫌です」


「でしょ? 生物ってのはね、一度楽をしてしまうと今更厳しい環境に身を置きたがらないんだよ。特にムラサメ公国よりも領土の広いディオニシウス帝国がムラサメ公国だけ贅沢三昧してたら暴れ出さないはずないよ」


 アリエルの言い分を聞き、ティファーナは自分が間違っていたと即座に認めた。


 それに追い打ちをかけるように、アリエルは生物がいかに堕落的思考に陥りやすいのか述べた。


 ティファーナにも身に覚えがあったため、ぐうの音も出なかった。


 そこでマリアが実現可能性の高い意見を出す。


「一度ムラサメ家が関わらず、騎士団だけで異界カリュシエ遠征させてどれだけ魔石を回収して来れるか調べてみましょう。その量を基準にして、魔石の売値や流通させる量を決めれば良いと思うの」


「私もそれに賛成です。シルバやマリアさん、レイちゃんの魔石回収量も基準に含めてしまうと、魔石の回収がいつか義務化してしまいそうですし」


「そうだよね。シルバ君達の回収した魔石は他所にあげる必要がないし、流通させたら魔石の値段が下がっちゃうもんね」


 エイルはアリエルの発言が腹黒いので苦笑する。


「アリエル、私は魔石の値段まで気にして言った訳じゃないんです」


「そうなの? エイルもやるようになったなって思ったのに」


 アリエルが残念そうに言うと、マリアとティファーナが顔の前で手を違うんだと横に振る。


「エイルは腹黒くなれないわよ」


「ムラサメ家の腹黒担当はアリエルさんです」


「ティファーナ、君って僕に対してだけ毒を吐くよね」


「私なりに仲良くなるには遠慮しないで話をするのが良いと思ったものですから」


「そうだけどそうじゃない」


 同じくシルバの妻になった者として、お互いに遠慮しないようにしようと話していた。


 だが、それは自分にガンガン毒を吐いて良いという意味で言ったつもりはなかったから、アリエルはやんわりとツッコんだ。


 これ以上脱線すると話が進まないから、マリアがアリエルをフォローしながら話を続ける。


「アリエルの言ってることも事実よ。私とシルバ、レイちゃんが回収した魔石をそのまま市場に放出したら、魔石の適正価格がおかしくなるわ。エイルの言う通り、私達は魔石を回収するのを義務ではなく自由にやりたいから、基準値を出すのに組み込んでほしくないわ」


「ということだから、近い内に第一騎士団から順番に派遣してみましょう。第一騎士団~第八騎士団の平均値を魔石回収の基準にしようと思うのですが、マリアさんはどう思いますか?」


 マリアの言葉を受け、アリエルはある程度自分の中で想定していた基準値を提案してみた。


「良いんじゃないかしら。私はそれに賛成よ。エイルとティファーナはどう?」


「私も異論ありません」


「私も良いと思います」


「では、シルバ君が帰ったら今決めた話を伝えましょう」


 難しい話が終わったとわかると、執務室にリトとマリナが突入してアリエルとエイルに甘えた。


 その様子を見てマリアとティファーナが羨ましがる。


「私も従魔がほしいな」


「私もほしいですけど、まずはレイちゃんが帰ったら撫でさせてもらいましょう」


「そうね!」


 レイだけがマリアの放つプレッシャーにも耐えられるため、レイはマリアに撫でられても少しも怯えたりしない。


 それゆえ、マリアはレイを自分の従魔のようにかわいがっている。


 この日、レイは異界カリュシエから戻って来て滅茶苦茶マリアとティファーナに撫でられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る