第182話 研究者って常識が通じないところがあるから怖い

 シルバがアイテル湖からレイクサーペントの卵を持ち帰ってから3日が経過した。


 エイルが寝室で朝起きてから卵に光付与ライトエンチャントをかけていたところ、レイクサーペントの卵が揺れるのと同時に罅が入った。


「あっ」


 短く言葉を漏らしたエイルはあたふたしていたが、そんなの関係ないと言わんばかりに卵の罅割れが大きくなる。


 シルバ達を呼ぶか悩んだけれど、刷り込みで万が一エイル以外を親だと思われたらシルバが卵を自分に与えた意味がない。


 それゆえ、エイルは光付与ライトエンチャントをかけ続けた。


 卵の上部がパカッと鳴って殻がずれ落ちると、そこには青色の蛇がいるはずだった。


 ところが、卵の中にいたのは水色の小さな蛇だった。


「チュルル」


 舌を素早く出し入れすることで音を出したレイクサーペントは、エイルを自分の母親だと思ったらしく卵の中から這い出てエイルの手に頬ずりした。


「可愛いですね」


「チュル♪」


 エイルが笑いかけるとレイクサーペントは嬉しそうに応じた。


 そこにシルバとレイ、アリエルがドアをノックしてから入って来た。


「エイル、入るよ」


『さっき声がしたからもう孵化したと思うよ』


「どんな赤ちゃんが孵ったか楽しみだね」


 シルバ達はレイクサーペントが孵ったことを察しており、刷り込みが終わるまで部屋の外で待っていた。


 もう入っても大丈夫と判断してから部屋の中に入ったのだが、レイクサーペントは怖がりだったのかエイルの後ろに隠れてしまった。


「チュル・・・」


『怖くないよ』


「チュル?」


 レイのテレパシーが聞こえてレイクサーペントはひょっこりとエイルの背後から頭だけ出した。


「レイ、あのレイクサーペントは雄と雌のどっちかわかる? 赤ちゃんだと雄も雌もサイズが変わらないから見分けがつかないんだけど」


『任せてご主人。あの子は雌だよ』


「それなら貴女の名前はマリナです」


「チュル♪」


 シルバとレイの会話からレイクサーペントが雌だとわかると、エイルはすぐにレイクサーペントをマリナと名付けた。


 孵化したレイクサーペントが雄の時と雌の時に対応できるよう、エイルはあらかじめ2つの名前を用意していたのだ。


 マリナは自分の名前が気に入ったようで機嫌が良くなった。


「マリナ、あちらは私の婚約者のシルバとその従魔のレイです。金髪の方は私と同じくシルバ君の婚約者のアリエルです」


「チュルル」


 主の婚約者はモテるんだなと生まれたばかりにもかかわらず理解してマリナは感心した。


「マリナは普通のレイクサーペントと色が違うな。やっぱり光付与ライトエンチャントの影響かね?」


「どうでしょうか。レイちゃんは生まれてすぐに<光魔法ライトマジック>を扱えてましたが、マリナはどうなんでしょう?」


「チュル?」


 何か自分はした方が良いのかとマリナが首を傾げた。


『マリナ、使える魔法があればやってみせて。<光魔法ライトマジック>が使えたらそれでお願い』


「チュル」


 そういうことかと納得したマリナは光壁ライトウォールを発動した。


「「「おぉ・・・」」」


 マリナが光壁ライトウォールを発動したということは、<光魔法ライトマジック>を会得していることになる。


 シルバ達はマリナが<光魔法ライトマジック>を会得したという事実から、仮説は一部だが実証されたと確信した。


 その仮説とは、卵の状態で<付与術エンチャント>を使うと付与した属性に適性がある状態で孵化するというものだ。


 今回の場合、ワイバーンとレイクサーペントはいずれも<光魔法ライトマジック>を会得しており、体の色も通常種と異なっていた。


 再現の回数は少ないけれど、卵の状態で光付与ライトエンチャントを使えば光属性の適性をもって孵化することは理論として成立したと言えよう。


「また研究部門の従魔担当者達が大はしゃぎしそうだね」


「レイやマリナに検査と称して余計なことをしようとしたらただじゃ済ませないさ」


「大丈夫だって。シルバ君は皇族なんだもの。皇族とその家族相手に従魔を研究のためにあれこれさせて下さいって言ったら不敬罪になるから言えるはずないよ」


「研究者って常識が通じないところがあるから怖い」


 アリエルが一般常識を語るけれど、シルバは研究部門の人間がしばしば一般常識から外れた行動を取っていることを耳にしている。


 だからこそ、普通ならそんな心配しなくても良いはずのことに警戒している訳だ。 


「チュル?」


『大丈夫。ご主人はすごいからレイ達に何かしようとする奴なんていないよ』


「チュルル」


 すごいとマリナはシルバに尊敬の眼差しを向けた。


 そんなマリナを見て主人のエイルは優しくその頭を撫でる。


 自分の婚約者がすごいと従魔にわかってもらえて嬉しいようだ。


 とりあえず、シルバがマリナの孵化をアルケイデスに掲示板経由で報告したところ、是非とも直接見てみたいと言われてシルバ達は朝食と身支度を済ませてから登城した。


「冬休み最終日にすまんな」


「いえ、マリナの件が重要なのは間違いありませんから」


 今日は冬休み最後の日であり、明日から三学期が始まる。


 シルバとアリエルにとって貴重な休日であるにもかかわらず、こうして呼び立ててしまった訳だからアルケイデスはすまないと思っていた。


 それでも皇太子の立場上、モンスター学の大きな発見を後回しにすることもできないからシルバ達を城まで呼んだのだ。


「それで、エイルが抱くそのレイクサーペントがマリナか?」


「その通りです。マリナ、挨拶できますか?」


「チュルル」


 エイルに言われてマリナは緊張しつつもペコリと頭を下げた。


 それ見てアルケイデスは感心した態度を見せる。


「ほう、利口だな。俺はアルケイデス。シルバの兄だ。よろしくな」


『ご主人のお兄さんだから、困った時に助けてくれるはずだよ』


「チュル♪」


 シルバの兄と聞いてマリナの抱いていた緊張感が和らいだ。


 レイの補足もあったせいか、マリナは力強い味方を得たと喜んでいる。


「高位のモンスターは幼くとも賢いな」


 レイクサーペントもワイバーン同様に城の禁書庫にある文献にその存在が記されている。


 ちなみに、レイクサーペントは海で見つかった時にはシーサーペントと呼ばれている。


 どちらもほぼ同一種族だが、淡水の場所にいるか海にいるかで呼ばれ方が違うのだ。


『エッヘン』


「チュルン」


 アルケイデスに褒められたレイとマリナはご機嫌そうに胸を張った。


「レイとマリナの卵は偶然見つけられましたが、この次も上手く見つけられるかどうかは怪しいですね」


「そりゃそうだ。卵生のモンスター、それもブラック級以上のモンスターの卵なんてそうそう見つかりっこないさ。いくらシルバが強いからってなんでもできるとは思っちゃいない」


「そうですね。他の軍人達にもそろそろ卵生のモンスターの卵を回収してもらいたいものです」


 シルバ達はここ数年で常軌を逸したレベルの昇進をしたが、それはコネではなく完全に実績に基づくものだ。


 他の軍人達では10年以上かけても達成できるかわからない功績もあるから、シルバ達の実力を知ってそれに対する評価に文句を言える者はいない。


 もしもいれば、その者の認識に問題があるとみなされてしまう程である。


 色付きモンスターで言えば、ブラックトードやレッドサーペント等のモンスターは卵生だ。


 しかし、それらの卵は残念ながら見つかっていない。


 これは卵が孵るまでの時間が普通の動物と違って短いことに加え、卵生のモンスター達も外的に卵が見つからないように隠すのが上手いからだ。


「ミッションとしてモンスターの卵の回収は出してるんだが、未だに成功の報告を聞かない。失敗の理由を聞く限りでは卵を回収しようとした時、親のモンスターが普段よりも強くて倒せないそうだ」


「ロウ先輩みたいな斥候系の人でも駄目なんですか?」


「斥候は貴重だからな。研究がまだ進んでないモンスターの卵よりも違うところに配置されがちだ。ミッションの割り振り草案を決める参謀部門としてはモンスターの卵の回収は優先度が低い」


「卵の回収に成功すれば、敵の数を減らして味方を増やせるのにそれがわからないんですね」


 シルバはがっかりした素振りを隠さずに言った。


 アルケイデスは苦笑しながら参謀部門のフォローをする。


「残念ではあるが、そもそもイーサン派閥で悪事に手を染めてた奴等をまとめて処罰したせいで人手が足りないんだ。シルバ達に頼って申し訳ないが、次は通常のミッションの代わりにモンスターの卵の回収ミッションを振らせてもらおうと思う」


「わかりました。他がやれないなら俺達がやりましょう」


「助かるよ」


 シルバ達はモンスター学の発展と国内の従魔増加のため、新たなミッションを受けるのだった。

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