第18章 拳者の弟子、モンスターの卵を回収する

第181話 なんで城の禁書庫に行ったその足でアイテル湖まで行っちゃうの?

 年が明けて1月、ディオニシウス帝国はお祭り騒ぎだった。


 12年前に誕生と同時に行方不明扱いとなった第三皇子がシルバだと公表したからだ。


 ただし、シルバも行方不明になってから自分で生きて来た12年間があったため、ディオニシウスと名乗るには抵抗があるため家名はムラサメのままにすることとなった。


 発表はそれだけに留まらず、シルバは主天使級ドミニオンに史上最年少の昇進を果たして彼が率いるキマイラ中隊第二小隊は第二皇子アルケイデス直下のワイバーン特殊小隊に変わった。


 シルバ達がいなくなったキマイラ中隊だが、第二小隊が丸々異動となったため、第三小隊が新しく第二小隊に繰り上がった。


 それに加えてメンバー編成が完成したため、新しい第三小隊が立ち上げられた。


 その内の2人はポールの軍学校時代の同期であり、以前は上司に恵まれず軍を辞めた者達だった。


 ポールが無理のないペースで復隊してもらえるように口説き落とし、残り2人も揃ってキマイラ中隊は改めて3つの小隊から編成されることになったのだ。


 シルバは今日、調べものをするために城の禁書庫に来ていた。


 家名はディオニシウスに変えずとも、自身が皇族であることは証明されたからシルバは自由に禁書庫に入れるようになった。


 その特権を無駄にするのは勿体ないから、シルバは年明け早々から禁書庫に来た。


『ここは静かだね~』


「レイは暇になるだろうから家にいても良かったんだぞ?」


『眠くなったらご主人の膝の上で寝るから大丈夫』


 自分から離れたくないと言外に言われれば、シルバも嬉しくない訳がないからレイの頭を優しく撫でた。


 シルバが本を読み始めるとすぐにレイはシルバの左肩の上に移動した。


 どうやら最初から寝るのではなく、眠くなるまでシルバと一緒に本を読むつもりらしい。


 レイはいつもシルバといるおかげで文字が読めるようになっており、速読は無理でも普通の速さで本を読める。


 なんとも賢いワイバーンだと言えよう。


『ご主人、なんでモンスターの卵のことなんて調べてるの?』


「先月見つけられなかったレイクサーペントの卵を回収できる手掛かりを探してるんだ」


『酷いよご主人! レイがいるのにレイクサーペントも従魔にする気なの!? テイムしないって言ったのに!』


「落ち着いて。俺がテイムするんじゃない。エイルの護衛に良いかなって」


『な~んだ、そういうことか』


 シルバの言い分を聞いてレイはすっかりおとなしくなった。


 レイとしてはシルバが新しい従魔を増やす気がないとわかればそれで良いのだ。


 ちなみに、シルバはエイルを呼び捨てにした。


 これはエイルからいつまでも丁寧に話すのは良くないのではと提案されて話し合った結果であり、エイルもですます調は変わらないが名前を呼び捨てに変えている。


 名前の呼び方を変えただけでも心の距離が縮まった気がするようで、エイルは呼び捨てにされてご機嫌である。


 それはさておき、シルバがエイルに従魔を与えようとしているのは戦力面を考えてのことだ。


 シルバは自分だけでも戦えるしレイと一緒に戦うこともある。


 加えて熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュも手にしているから、戦力的に充実している。


 アリエルは元々後衛だったけれど、騒乱剣サルワを会得してからは剣を使って戦えるように訓練して来た。


 そのおかげで今は魔法使い寄りの剣士と呼べるぐらいにはなった。


 では、エイルはどうかと言えば、<光魔法ライトマジック>と<棒術スティックアーツ>、調合した薬を使って戦うけれど回復役ヒーラーの枠を出るレベルではない。


 回復役ヒーラーとしては非常に優秀だが戦力的に不安なのだ。


 戦闘によってはレイがエイルを守れない時もあるから、シルバはエイルと常に一緒の従魔がいれば良いのではと考えた訳である。


「レイもエイルに従魔がいた方が良いとも思わない? その方が俺と一緒に行動できるし」


『賛成! ご主人と一緒にいられる時間は長い方が良いよ!』


 レイは賢いワイバーンなのだが、シルバに簡単に乗せられる程度にはチョロい一面もあった。


 シルバはレイが納得してくれたので安心して本の該当の箇所に目を通す。


「卵が孵るまでの時間はわからないか」


『この本にはいくつかのモンスターの卵がどんな場所で発見されやすいか書いてあるだけだね』


「レイクサーペントの情報は俺達が知ってる以上のことは載ってないし、今日は非番だから俺達だけでアイテル湖に行ってみるか」


『うん!』


 そうと決まれば禁書庫に用はないので、シルバ達は後片付けを済ませてからアイテル湖に向かった。


 今日は雪が降っていないから、元のサイズに戻ったレイの背中に乗ってアイテル湖にあっという間に到着した。


「今日も湖面は凍ってる。まずは砕かないとな」


『レイがやる~』


 レイは自分がやると告げて<風刃ウインドエッジ>を湖面に向けて放った。


 それにより、湖面を覆う氷が砕けてその下にある湖が見えた。


『ご主人、見えたよ』


「そうだな。流石はレイだ」


『ドヤァ』


 シルバに褒められて喜んでいた時、湖の中から次々にモンスターが飛び出した。


 シルバが黒ヌルと呼んでいたモンスター達である。


 これらは鳴き声からアミクックと名付けられた。


 基本的に武器を持たないアミクックだが一番最後に氷の上に現れた個体だけ何かを抱えていた。


「見つけた。あいつ、卵を持ってるぞ」


『レイクサーペントと似た色だね』


「多分あれがレイクサーペントの卵だ。アミクックの目的がわからないけど、俺達はあれを回収する。援護を頼む」


『任せて!』


 シルバがレイの背中から飛び降り、空を蹴って卵を抱えるアミクックに接近する。


 それを見た周囲のアミクック達はシルバを撃ち落とそうと爪を伸ばせるだけ伸ばし、腕を豪快に振って斬撃を放った。


『やらせないよ!』


 レイはシルバに当たりそうな斬撃だけ光壁ライトウォールで防いだ。


 そのおかげでシルバは最短経路で氷の足場に着地し、卵を抱えたアミクックに接近する。


「弐式光の型:光之太刀!」


 シルバが腕に光の刃を帯びて横薙ぎにすれば、卵を抱えたアミクックの首がゴトリと氷上に落ちた。


 卵は氷上に落ちる前にシルバが回収しており、それを奪い返そうとアミクック達が押し寄せて来たのでシルバは迎撃する。


「弐式雷の型:雷剃!」


 雷を付与した蹴りが斬撃になって飛び、シルバを包囲していたはずの片側はあっさり上半身と下半身が離れ離れになった。


『ご主人の邪魔はさせない!』


 レイは風刃ウインドエッジで残ったアミクック達を一掃し、シルバの周りに生存している敵はいなくなった。


「レイ、援護助かった」


『どういたしまして』


「アミクックの死体を全部持ち帰るのは厳しそうだから、魔石と爪だけ回収しちゃおう」


『は~い』


 回収した魔石は全てレイに与え、アミクックの爪は持参した袋に詰めた。


 そして、レイクサーペントの卵も忘れずに持ってシルバ達はディオスに戻った。


 基地の受付に到着したらシルバは受付にいた軍人に声をかける。


「シルバ=ムラサメだ。アイテル湖でレイクサーペントの卵とアミクックの爪を回収した。卵は持ち帰るが、アミクックの爪は売却したい」


「は、はい! 少々お待ち下さい!」


 去年までのシルバは注目される若手のエリートだったが、今ではそれに見つかった第三皇子の肩書まで追加されたので応対に粗相があってはいけない。


 受付の軍人はそう思っててきぱきと動いた。


 報告を済ませた後、シルバとレイはその場に留まっていると騒ぎになると思って急いで帰宅した。


「『ただいま』」


「お帰り」


「お帰りなさい」


 シルバとレイが卵を持ち帰るとアリエルとエイルの視線は当然卵に向かった。


「シルバ君、それってまさか?」


「レイクサーペントの卵だと思う。レイと一緒にアイテル湖で回収して来た」


 アリエルの質問にサラッと答えたところ、エイルがシルバにジト目を向ける。


「なんで城の禁書庫に行ったその足でアイテル湖まで行っちゃうんですか?」


「エイルに従魔をプレゼントしようと思って。はい、これ」


「えっ、私にですか?」


「うん。エイルが孵化させてくれ。そうすれば、きっと従魔になったレイクサーペントがエイルを守ってくれるから」


 シルバがそう言うとエイルは笑顔になってシルバを抱き締めた。


「ありがとう。大切に孵化させますね」


「良いなぁ。僕も従魔欲しいなぁ」


「アルはまた今度な。戦力的にエイルを優先しないと不味いから」


「わかってるよ。でも、次は僕だからね」


 アリエルもエイルの戦力不足は心配していたため、ちゃっかり自分の分も今度手に入れてとリクエストしたが納得した様子だった。


 この日、エイルは笑顔のままずっと卵を抱いていたのは言うまでもない。

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