第136話 仕返しは鮮度が命だからね
メリルとジョセフが89期学生会に入った翌日、シルバはキマイラ中隊第二小隊を率いてディオスの北西にある廃坑を目指していた。
アイテル湖を突っ切るのは不可能なので、湖の周りにある街道を通って馬車で移動中だ。
御者の役割を担っているロウが退屈を持て余し、後ろにいるシルバ達に話しかける。
「結局、俺達の抜けた穴はアリアさんの妹とシルバの弟子候補に決まったのか」
「そうですね。勧誘期間2日目に2人来てから、誰も学生会に入りたいって学生がいなかったのでそうなりました」
「低学年で学生会に入りたいって思う学生がいる可能性は低いですから、今年はメリルさんも含めて3人も立候補者がいて豊作だと思いますよ」
「3人来ただけで豊作とは悲しい話ですね」
エイルの言い分を聞いてシルバは苦笑した。
他のクラブであればもっと多くの学生が入りたいと集まるだろうが、学生会にはその気配がまるで感じられない。
実際、シルバとアルもエイルが直接スカウトしに来なければ学生会には入らなかっただろうから、エイルの言い分に納得せざるを得なかった。
「私もシルバ君とアル君に断られたらどうしようかと思ってましたから。むしろ、そう言ったことで頭を悩ませずに済んだことを喜ぶべきでしょう」
「確かにその通りですね」
もしも学生会のメンバー勧誘をしなければならなかったのだから、シルバはメリル達が自ら学生会室に来てくれたことに感謝した。
「それはそれとして、今回のミッションは廃坑に住み着いたモンスターの退治で良いんだよな?」
「そうです。割災でエリュシカに来てしまったモンスター達がその廃坑に流れ着いてるそうですよ。本当はアーブラ支部がどうにかするべきミッションなんですが、昨年の騒ぎのせいで人手不足ですから俺達が代わりに行くことになりました」
ディオスの西にある都市のアーブラだが、去年デーモンが暴れ回ったせいで基地の人員が足りない。
そのせいでキマイラ中隊第二小隊がわざわざ出向くことになった。
「だからってついでにミッションを追加するかね?」
「まあまあ。ハワード先生もできるなら対処するぐらいで構わないって言ってたじゃないですか」
「わかってるさ。第一皇子派の嫌がらせだろう?」
「そのようです」
ロウが不満を抱いている理由だが、廃坑に住み着いたモンスターの退治と一緒にアイテル湖付近で目撃されたマンイーターの退治というミッションも押し付けられたからだ。
マンイーターとは花が生物の種類を問わずに捕食しようとする植物型モンスターであり、本来はエリュシカには存在しなかった。
それがいつかの災厄でマンイーターの種がエリュシカに根付いてしまい、それらが虫や取りに蜜を吸わせて受粉したことで数が増えたようだ。
今回はアイテル湖付近にマンイーターの発生が確認され、通り道にいるんだから倒すようにとミッションが上乗せされたのである。
廃坑に巣食ったモンスターの退治が面倒なミッションであるにもかかわらず、帝国軍の参謀本部はシルバ達を追い込むようなミッションを出したのはロウの言う通り第一皇子派のせいだ。
仮に断れば、自国のために戦うのが嫌だなんて軍人とあるまじき態度だと騒ぎ立てるから、ポールも断り切れなかったのである。
「第一皇子め、今に見てろ。生まれてきたことを後悔させてやる」
「キュ、キュイ・・・」
アルが怒気の込められた笑みを浮かべたため、レイがアルを怖がってシルバにピタッとくっついた。
「よしよし。怖くないぞ」
「キュウ」
シルバに頭を撫でられたおかげでレイの震えが止まり、そのまま気持ち良さそうにシルバに体を預けていた。
そこで今まで静かにしていたエイルは苦笑しながらアルに訊ねた。
「アル君、第一皇子を後悔させられる方法なんてあるんですか?」
「できると思いますよ。僕にはこれがありますから」
そう言ってアルがエイルに見せたのは脅迫手帳だった。
「出た、脅迫手帳」
「なんですかその不穏な響きの手帳は?」
「学生や教師、軍人の弱みが記された僕の手帳です」
「うわぁ・・・」
脅迫手帳と聞いてエイルの顔が引き攣った。
「今の段階でも第一皇子派と第一皇女派に軽い混乱を招くことぐらいできますよ」
「シルバ君、アル君の手綱をちゃんと握って下さいね」
「善処します」
アルがこっそり仕掛けていればシルバもどうしようもないので、エイルに頼まれたシルバは善処するという回答しかできなかった。
「とりあえず、帰った頃には参謀本部の第一皇子派のスキャンダルが噂の形で広まってることでしょう」
「おっと、もう手遅れだったか」
「仕返しは鮮度が命だからね」
「はぁ。アル君、ちなみにどんなスキャンダルがあったんですか?」
せめて先に話を聞いておき、帰ってからびっくりしないようにするべくエイルは訊ねた。
「不倫とか横領、暴行ですね。きっと参謀本部は今よりも空気が美味しくなると思います」
「シルバ君、アル君をなんとかしてもらえませんか?」
「エイルさん、政敵が減ると前向きに考えましょう」
「・・・やり過ぎないように見守ってあげて下さい」
アルがとても良い笑みを浮かべてとんでもないことを言うものだから、シルバはアルを制御するのを諦めた。
エイルも制御できないと判断したらしく、せめてやり過ぎないようにシルバがブレーキ役になってあげてほしいと頼んだ。
そんな話をしていると、御者台からロウが声をかける。
「おーい、マンイーターを見つけたから馬車を停めるぞ」
マンイーターが見つかったと聞けば、雑談ムードは一転してシルバ達が真剣な表情になる。
前方を見てみれば、牙を生やした巨大な花が街道の横で通りかかった人や馬を食べようと待ち構えていた。
馬車を降りてからシルバはアルに指示を出す。
「アル、あいつを燃やそう。とりあえず一撃かましてみて」
「任せて」
アルはマンイーター目掛けて火の球を飛ばした。
ところが、マンイーターは口から液体を飛ばして火の球を消火した。
球を消しても一部残った液体が地面に触れた時、ジュワッと音を立てた。
「ただの水じゃないな。溶解液と見て間違いない。全員、溶解液に触れないように」
「「「了解!」」」
マンイーターはアルを危険だと判断して集中的に種を飛ばして来た。
「無駄だよ」
アルは火の壁を創り出して飛んで来た種を燃やした。
その隙にシルバとロウが火の壁の左右から飛び出して攻撃を仕掛ける。
2人の接近に対してマンイーターは地面の下から根を出して拘束しようとするが、シルバは大きく跳躍して躱し、ロウはトンファーで受け流しながら前に進んだ。
立ち向かって来る相手が1人ならば、マンイーターは狙いを絞って戦えるけれど今の敵は3人もいる。
仕方なく優先順位をつけ、最も接近しているシルバを狙って種を乱射した。
しかし、シルバは宙を蹴って移動できるからマンイーターの攻撃が当たらない。
「無視しないでよね」
シルバに気を取られている隙にアルが火の矢を創り出し、マンイーターの茎に向かって放つ。
マンイーターはシルバを撃墜しようとムキになっており、最初に火の球を飛ばして来たアルへの警戒を疎かにしていた。
そのせいで対処が遅れてしまい、火の矢が自身の体に命中するのを許してしまった。
それでも、マンイーターの体は水分を多く含んでいるからすぐに火が燃え広がることはなかった。
「じゃあ、水を吐き出させようじゃないの」
ロウはナイフをガンガン投げてマンイーターの茎を傷つけた。
そして、何度目かの攻撃でマンイーターの体に水を巡らせる管を切ることに成功し、そこから水が流れ出た。
水が体外に出て行くにつれてマンイーターの動きは鈍くなり、シルバがとどめを刺さんと勝負に出る。
「弐式光の型:光之太刀」
シルバの腕を光が覆い、それが太刀の形状になって刀身を伸ばす。
シルバがその太刀を振り抜いて茎と花の部分を切断すれば、マンイーターはそれ以上活動できなくなってピクリとも動かなくなった。
「討伐完了。戦利品の回収に移る」
「キュイ!」
「ありがとう、レイ」
カッコ良かったとレイが褒めるとシルバはお礼を言い、アル達と一緒にマンイーターの討伐証明部位である花と魔石を回収した。
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