第274話 言わなきゃ駄目ですか?

 翌日、ムラマサ城の倉庫にあったとある魔法道具マジックアイテムを持参し、トスハリ教国の教都にやって来たシルバ達だったが、瓦礫の山になっているはずのそこに大きな穴だけが残っていて目を丸くした。


「どゆこと?」


「僕とシルバ君の攻撃でもこんなことにはなってなかったはず」


「何が起きたんでしょう? お義兄さんは何かご存じなのでしょうか?」


「聞いてみる」


 エイルの考えを聞き、シルバは掲示板経由でアルケイデスにトスハリ教国の教都で何が起きたか知らないか訊ねた。


 現在の教都の写真も添付して質問した結果、アルケイデスも初めてその事態を知って困惑していた。


 アルケイデスの密偵は昨日のシルバ達の一方的な教都陥落を目撃した後、ムラサメ公国に臣従しようとしているアルケス共和国を調査するべく移動していたからだ。


 終わってしまった国にいるよりも、これから何かやらかしそうな国に情報を取りに行くのは当然であり、まさか教都をすっぽり覆う大穴しかない状況になるだなんて想像していなかった。


 アルケイデスが駄目ならロザリーはどうかと考え、シルバは同じ写真を送って質問してみた。


 その直後にロザリーから返信があった。


 (マジか。トスハリ教国の他の街までこうなってんの?)


 ロザリーから送られて来たチャットによれば、トスハリ教国内の他の街でもシルバが見ている光景になっているとのことだった。


 その証拠として、ロザリーの密偵が撮った写真が何枚も送られて来た。


「シルバ君、ロザリー義姉さんから返信が来たんでしょ? どうだった?」


「アリエルもエイルもこれを見てみろ」


「「え?」」


 シルバのマジフォンに映る画像を見て、アリエルとエイルは固まってしまった。


 予想外の事態が起きてしまい、どう反応すれば良いかわからなくなったからである。


「これはミステリーだな。何が起きたのかさっぱりわからない」


『ご主人、着陸して調べる?』


「そうだな。空からただ見下ろしてるだけじゃ何もわからないし、一旦地上に降りて調べてみよう」


『わかった~』


 レイが着陸した時にはアリエルとエイルも正気に戻った。


「なんだろうね。この感じ、爆発でもしたのかな?」


「トスハリ教国内で大きな穴ができる爆発が続けば、お義兄さんとロザリーお義姉さんの密偵が気付くのではないでしょうか?」


「だよねぇ。僕もそう思う」


 アリエルはエイルに言われるまでもなく、自分の考えは正しくないだろうと思っていた。


 それでも、手っ取り早く教都が大穴に変わるならば爆発でも起きたのではと考えてしまったのである。


 シルバはモンスターの仕業や呪われた剣による影響である可能性を考え、心の中で熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに訊ねる。


 (タルウィとザリチュに心当たりはないか?)


『一夜にして国内の複数の街を大穴に変える存在なんて、見たことも聞いたこともないわっ』


『謎、不明、未知。初見、初耳』


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュに目や耳はないだろうとツッコむのは野暮だと思い、シルバはそれを口にしなかった。


 こうなったら頼れるのはマリアぐらいなので、シルバはマリアに同じ質問を投げかけた。


 マリアはシルバからの連絡を受け、すぐに自分の思い当たる可能性について教えてくれた。


「殉教昇天陣・・・だと・・・?」


「シルバ君、マリアさんから何か教えてもらえたの?」


「あぁ。胸糞悪くなるレベルの話を教えてもらった」


 シルバはアリエル達にマリアから知らされた殉教昇天陣について説明した。


 それはトスハリ教国の教皇のみが起動できる特殊な魔法陣であり、教皇が後継者に位を譲らずに死んだ時に発動する国を巻き込んだ盛大な自殺装置だった。


 マリアが過去に調べた限りでは、教皇が死んですぐに発動するはずだったのだが、シルバとアリエルの攻撃のせいで殉教昇天陣に不具合が生じて消滅するのに時間が空いたのではないかと仮説を立てている。


 あくまで過去にトスハリ教国が狂った魔法陣の開発に成功したという噂を聞いたことがあるだけで、確実性はないとコメントが添えられていたけれど、マリアの話以外に可能性が思い浮かばないのだから、暫定的に殉教昇天陣がこの大穴ができた原因とみるべきだろう。


「俺達が助かったのは運が良かったからか」


「きっと日頃の行いが良かったんだよ」


「そ、そうですね」


 アリエルの発言を受けてエイルはこっそりとアリエルとシルバを交互に見た。


 それをアリエルが察知して目の笑っていない笑みを浮かべ、エイルに向かって口を開く。


「エイル、僕とシルバ君を交互に見た理由を聞こうじゃないか」


「言わなきゃ駄目ですか?」


「・・・やっぱり聞かない」


 エイルが謝らずに強気で返して来たから、その勢いで自分の日頃の行いについてどれだけツッコんでくるか怖くなり、アリエルはエイルに言わなくて結構だと告げた。


「俺達の日頃の行いは置いといて、殉教昇天陣について説明を続けるぞ。マリア曰く、消滅した後に人も建物も何も残らないように調整されてて、敵に一切の戦利品を残さないんだとさ」


「確かに残ってないね。大穴が空いてるだけだ」


「シルバ、殉教昇天陣についてトスハリ教国民は知ってたんでしょうか?」


 エイルは言外にそんなことを知っていれば、国外に逃げ出す者もいたのではないかと告げていた。


 それに対してシルバは首を横に振る。


「多分知らなかったんじゃないかな。マリアも教都の教会の禁書庫に忍び込んだ時に知ったって言ってるから」


「マリアさんなら忍び込めるとは思いますが、なんで忍び込んだんでしょう?」


「さっき聞いたら、割災について情報を集める過程でトスハリ教国禁書庫にしのびこんだんだってさ」


「でもってことは、他の国にも忍び込んだんですね」


 エイルはシルバの言葉をしっかり聞いており、マリアが各国の機密情報をこっそり調べていたことを察した。


「自慢じゃないけど私に潜入できない書庫はない(ドヤァ)ってコメントを貰った」


「滅茶苦茶自慢してるね」


「ドヤっちゃってますね」


 マリアがはしゃいでいるのは明らかだった。


「オホン、話を戻すぞ。殉教昇天陣で何もなくなった今、トスハリ教国の領土の扱いが面倒になった」


 シルバが話を脱線させてしまったと反省し、咳払いして切り替えたらアリエルも真剣な表情に変わる。


「スロネ王国は置いとくとしても、アルケス共和国がこの機に乗じて領土を広げようとする可能性があるね」


「正解」


 スロネ王国の場合、実兄アルケイデスの妻の実家だから、親族が統治するムラサメ公国に不義理なことをするはずがない。


 もしもそのようなことをすれば、シルバを気に入っているアルケイデスやロザリーから何をされるかわからないし、シルバ達に対抗できる戦力もないから建て直し中のムラサメ公国の攻撃も防げないからだ。


 問題なのはアルケス共和国である。


 アリエルの容赦ない進撃とシルバのとどめにより教都が陥落したと知り、昨日の次点ではムラサメ公国に臣従する案が議会で可決されていた。


 しかしながら、アルケス共和国は状況に応じてコロコロ態度を変える国であり、臣従する前にしれっと国境線を証明する地図の改ざんをするなんて平気でやる国だ。


 だからこそ、アルケイデスもロザリーもトスハリ教国の教都が陥落したとわかれば、トスハリ教国よりもアルケス共和国を気にして密偵をそちらに移動させたのだ。


「どうする? 臣従するなんて話は正式に訊いてない訳だし、アルケス共和国も当初の予定通り滅ぼしちゃう?」


「行こうか。下手なことを考えさせる前に、少なくとも首脳陣の心を折った方が良さそうだしな。レイ、悪いがこのままアルケス共和国まで頼むよ」


『は~い』


 シルバ達は思い立ったら即行動ということで、レイの背中に乗ってアルケス共和国に向かった。


 シルバがレイを従魔にしていることは有名であり、首都上空にレイの姿を発見した議会の首脳陣は国会議事堂の外に全員横一列で並び、それはもう綺麗な土下座を見せた。


 せこいことを考えてそれがバレてしまった時、首都がトスハリ教国の教都の二の舞になるとわかったからである。


 こうして、アルケス共和国を臣下にしたいという考えなんて微塵もなかったが、シルバ達はアルケス共和国の全面降伏を受け入れて戦争を終わらせた。


 この戦争は後世の歴史家達に二日間戦争と呼ばれるのだが、それはまた別の話である。

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