第258話 あら、私の偽者がヤムチャしやがってるわ
災難が畳みかけるのは世の常なんて言葉もあるが、シティバリアの設置からほとんど休まずゴールドローカストアーミーまで倒したのに、その上で割災が起きるのはかなりハードだと言えよう。
割災で生じた穴から現れたのは黒い双頭の犬で、鬣と尻尾の一本一本が蛇になっているモンスターだった。
(オルトロスか。異界にいた頃はマリアに遭遇したら逃げなさいって言われたっけ)
シルバは異界に繋がる穴から出て来たモンスターの正体に心当たりがあった。
それはシルバがまだレッド級モンスターを狩るのがやっとの頃、マリアに出会ったら逃げろと口酸っぱく言われたオルトロスだったからだ。
色付きモンスターならばシルバー級モンスター相当だから、レッド級モンスターをようやく狩れるようになった段階では、手も足も出ないのは当然だろう。
マリアがシルバの身を案じて注意するのも頷ける。
しかし、今のシルバはゴールド級モンスターを狩れる実力を有しているから、油断こそできないが逃げるべき敵ではない。
「「アォォォォォン!」」
オルトロスは空を飛ぶシルバ達を見て、頭が高いぞと言わんばかりに不快感を咆哮で主張した。
その咆哮にムッとするのはレイ達従魔である。
『ご主人に対して不敬だよ!』
レイは<
これで戦闘が終われば良かったのだが、レイが倒したオルトロスは様子を見に来た斥候だったらしく、穴の中からぞろぞろとオルトロスが現れた。
「ぞろぞろ現れたね」
「もう少し小さければ可愛いと思えたかもしれませんが」
「エイル、テイムできなかったら敵対するしかないよ?」
「そうでしたね。残念です」
アリエルとエイルに慌てた様子は微塵も感じられない。
シルバがわざわざ説明しなくとも、2人はこれまでの戦闘経験で大まかな敵の強さを感じ取れるようになっているらしい。
だからこそ、シルバー級モンスターが群れた程度では慌てないのだ。
その一方、オルトロス達は斥候として放った個体が力尽きていたのを見て激怒した。
「「「・・・「「アォォォォォン!」」・・・」」」
よくもやってくれたなと怒ったオルトロス達は、それぞれが
『無駄です』
マリナが
反射された事には驚いたが、避けられない速度ではないからオルトロス達は回避しようとした。
ところが、オルトロス達の中には脚が動かずにそのまま
これはリトが<
「リト、良い子だね。僕が指示を出さなくてもちゃんと敵の邪魔ができるなんて」
「ピヨ♪」
(リトがアリエルに染め上げられてる)
シルバはそんな感想を抱くのと同時に、ロウがこの場にいれば間違いなく余計なことを言ったに違いないとも思った。
それはそれとして、オルトロスは
脚から徐々に体が石化し始めた者達は、自分の全身が石になってしまうまでの間に全力で抵抗してみせると思ったらしく、使う技を
それがオルトロスの群れから一斉に一点集中で狙われれば、避けないと蜂の巣どころか燃えカスも残るまい。
「俺が対応する。伍式火の型:
シルバはレイの背中から跳躍して前に出て、宙を蹴りながら両手の親指と人差し指をくっつけて三角形を作った。
伍式火の型:合炎は火を吸収して自らの力に転嫁する技だ。
自分がパワーアップするついでに、オルトロス達に自分達が相手をしている者の強さをわからせようというのがシルバの考えである。
オルトロス達の放った
その過程で石化が全身に回ってしまった個体も少なくなく、石化していないオルトロス達はシルバと自分達の力量の差を知って蛇の尻尾を股下にペタンと下げた。
「いただきます」
アリエルがそう言った直後、生き残っていたオルトロス達は胸を
無防備な状態でいるのが悪いと言わんばかりのアリエルの攻撃に、エイルは相変わらず容赦ないですねと苦笑した。
穴から出て来たオルトロス達が全滅しても、異界に通じる穴はまだ消えなかった。
穴の向こうから後続の敵が現れるのを警戒しつつ、シルバ達はオルトロスから銀魔石を回収し、魔石を抜き取った個体はレイの<
ゴールドローカストアーミーの時はレイとマリナが魔石を二等分してもらったが、オルトロスの魔石は全てリトに与えられた。
リトは大量の銀魔石を飲み込んですっかりご機嫌であり、体もアリエルを超えるサイズになった。
「リトも大きくなったね」
「ピヨ!」
「でも、雛の見た目からは変わらないんだね」
「ピヨ・・・」
1回目のピヨでは力強く頷いたリトだったが、雛の見た目から変われないことは気にしていたらしく、2回目のピヨはしょんぼりした返事だった。
「良いんだよ。リトはその方が可愛いから僕はそっちの方が好きだ」
「ピ、ピヨ」
雄なので可愛いと言われるのは複雑なようだが、今の見た目の方がアリエルに好いてもらえるのがわかって嬉しい気持ちもあり、リトは困ったように鳴いた。
オルトロス達の回収を終えた時、シルバは穴の方から懐かしい気配を感じて振り向いた。
残念ながら、シルバの期待する存在は現れなかったけれど、穴から黒い影が地面を這うようにして現れた。
その影はシルバ達を認識した途端、ズズズと音を立てて人型に変わっていく。
影が変身した姿を見た時、シルバは目を見開いた。
「おい、お前はなんでその姿になってるんだ」
シルバから発せられた声は、今までアリエル達が聞いた彼のどの声よりも怒りの込められたものだった。
何故シルバが怒っているのかと言えば、影が変身した姿はシルバのよく知るマリアの姿だったからだ。
無論、マリアそのものではなくあくまでマリアの姿を模った影である。
シルバの静かだが強い怒りを感じ取り、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが自分達の知る知恵を伝える。
『ドッペルゲンガーなのよっ。相対した者の姿を模倣するモンスターだわっ』
『倒した敵、スキル、奪取。長生き、個体、強い』
熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの情報をまとめれば、マリアを模った影の正体はドッペルゲンガーであり、マリアはそれと対峙したことがあるようだ。
倒した敵のスキルを奪い取る力があり、長生きな個体ならばそれだけ奪ったスキルもあるだろうから強いと考えられる。
マリアと遭遇して生き残っているモンスターは異界でも限られている。
モンスターは基本的に人間を襲うので、マリアを恐れて戦闘になる前から逃げ出した者以外で生き残ることはまずあり得ない。
シルバはそう考えているからこそ、マリアの身に何かあったのではないかと思って怒った訳だ。
だが、戦闘態勢に入ったドッペルゲンガーを見てシルバは少しだけ安心した。
ドッペルゲンガーの構えがマリアとは異なり、素人丸出しの<
逆にシルバがマリアと模擬戦をした際に見た彼女の構えをすると、ドッペルゲンガーはブルッと震えて怯えたように見えた。
(こいつ、100%マリアを恐れて逃げ出した奴だ)
マリアを倒す実力をドッペルゲンガーが持っていたのなら、シルバが取った構えを見て怯えることはない。
怯えたということは、自分では敵わないと判断したことに他ならない。
「お前の底はもう見えた。陸式火の型:一輝火征」
シルバが上半身の発条を活かして白い炎を纏った右手を突き出せば、その炎が槍を模ってドッペルゲンガーの体を貫く。
オルトロス達から吸収した力を解放したこともあり、明らかなオーバーキルという形でシルバはドッペルゲンガーを倒した。
ドッペルゲンガーは技の余波により、爆心地の中心で蹲るように倒れていた。
そこに再びシルバが知る懐かしい気配が穴の向こうにやって来た。
「あら、私の偽者がヤムチャしやがってるわ」
「マリア!?」
シルバは本物のマリアが穴の向こうにいるのを見て驚きの声を上げた。
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