第27話 一体いつから足場をなくせば勝ちだと錯覚してた?

 休憩時間が過ぎてシルバとアルが石畳の舞台に上がった。


「シルバ君、模擬戦のリベンジだよ。今日は僕が勝つ」


「勝ちは譲らない。今日も俺が勝つ」


 そんな2人のやり取りが終わるのを待って審判の教師が開始の合図を告げる。


「決勝戦、シルバVSアル、始め!」


 開戦の合図が聞こえた直後にシルバの足元が崩れた。


 フライングスレスレのタイミングでアルが先制攻撃として落とし穴を掘ったのだ。


 流石のシルバも足場がなければどうしようもあるまいとグラウンドに集まった全員が思っていた。


 しかし、現実はそうならなかった。


「嘘でしょ?」


「一体いつから足場をなくせば勝ちだと錯覚してた?」


「なんなんだよあれ!?」


「空中を跳ねてる!?」


「どういう原理だよ!?」


 シルバがニヤリと笑みを浮かべると、観客席の上級生達がどういうことかさっぱりわからずに叫んだ。


 シルバが今行っているのは空中でジャンプして同じ高さを保つという特殊な技術だ。


 これは師匠マリアとの修行中に足場を崩された時や空中戦用に教えられた技術であり、上に跳ぶ力と重力が釣り合った瞬間に更にジャンプする力技である。


 どれだけ体を鍛えればそんなことができるのだと戦慄する者が多いのは当然だろう。


「シルバ君、まさか落とし穴が通じないとは思わなかったよ」


「師匠的にはこれぐらいやるのが常識らしいけどな」


「どこの世界の常識!?」


 異界の常識だと口にする訳にはいかなかったので、シルバはアルの疑問に答えず空中を蹴ってアルへと接近する。


 だが、アルもそう簡単にシルバを近づけさせたりはしない。


 舞台上に岩の柱をランダムに出現させてジグザグに進まなければいけないようにした。


「やるじゃん」


「まだ終わりじゃないよ」


「おっと」


「どんどんいくよ」


 アルは岩の柱から木の枝のようにいくつもの細い岩の柱を生やした。


 そのおかげでシルバは前後左右斜めから飛び出す岩の柱の回避に専念せざるを得なくなった。


「アルすげえぞ!」


「1年が<土魔法アースマジック>をここまで使いこなすなんて・・・」


「シルバの陰に隠れてたがアルも十分ヤベえ!」


 観客席の上級生達はすごいのはシルバだけでなくアルもだと気づいた。


 褒められたアルは喜んでいるかと思えば、その声が耳に届かないぐらい試合に集中していた。


 今この場で気を抜いたら一瞬でシルバに距離を詰められてしまうとわかっているからだ。


 アルはシルバが次々に飛び出す岩の柱に気を取られている今がチャンスと判断し、瞬時に岩の柱のコントロールを中断して火の玉をシルバに放った。


「弐式水の型:流水刃りゅうすいじん!」


 シルバが<水付与ウォーターエンチャント>で水を付与した腕をサッと振るうと、火の玉が射出された水の刃が火の玉を消火してなお蒸発せずに前方の岩の柱を数本切断したところでただの水になって落ちた。


「まったくもう、シルバ君はなんともないように僕の攻撃を打ち消すよね」


「なんともないってことはないけどな」


「だったらこれでどうかな!」


 お喋りの間にイメージを構築したアルは舞台と同じ幅の炎の壁を創り出し、それをシルバの方にスライドさせていく。


「炎の壁を動かすってマジ!?」


「<土魔法アースマジック>だけじゃなくて<火魔法ファイアマジック>の熟練度も高いのかよ!」


「炎の壁で責め立てるなんて可愛い顔して恐ろしい!」


「こんなに可愛い子が男の子のはずがない!」


 (あれ、アルの男装バレてる?)


 シルバにはギャラリーの声に耳を傾ける余裕があった。


 アルの男装が見破られているのではと心配しつつ、自分に迫り来る炎の壁に攻撃を放つ。


「壱式水の型:散水拳さんすいけん!」


 拳を前に突き出すことで水を散弾のように射出して炎の壁を消火しようとしたのだ。


 ところが、シルバの攻撃散水拳を見越してアルは炎の壁に少なくないMPを注ぎ込んでいた。


 そのせいで炎の壁が消されることなくシルバの攻撃を耐え抜いた。


 (アルも俺の技をちゃんと研究してたか)


 シルバはアルがしっかりと自分と戦う時のために対策していたことに感心した。


 もっとも、感心しただけでまだまだ余裕はあるのだが。


「肆式水の型:驟雨しゅうう!」


 シルバはまだアルに見せたことのない技を発動した。


 この技は両手を<水付与ウォーターエンチャント>でコーティングした後、一転を集中して連続して殴りまくるものだ。


 マリアが使えば繰り出す拳が早過ぎていくつかの拳がまとまって見え、本来の拳の2,3倍の大きさに見えてしまう程だ。


 シルバの場合はそこまでの領域に至っていないが、散水拳よりも一撃が重いので炎の壁を破るのにこの技をチョイスした。


 ドドドと音を立てて水を纏った拳が炎の壁を殴りまくり、それがアルの炎の壁を打ち破った。


「そ、そんな!?」


 まさかこの炎の壁すら壊されるとは思っていなかったらしく、アルは驚きを隠せなかった。


 シルバはアルに接近して決勝を終わらせようとする。


 (いや、待てよ。アルはこれで諦めるような奴じゃない)


 シルバは冷静になってアルの性格を考えた。


 アルは近接戦を苦手とするが、近接戦になった時の備えをせずに挑むような真似はしない。


 その読みは正しかった。


 シルバが踏み込んだ地面が突然崩れ落ちて落とし穴に早変わりしたのだ。


 無論、シルバは空中を蹴って1歩下がった位置に着地した。


「あれ、バレてた?」


「アルなら俺が近づく対策をしないはずがないよな」


「むぅ。シルバ君は全然隙がないね。もうちょっと隙を作ってくれても良いのに」


「師匠から常在戦場の教えを受けたもんでね」


「まったく、乗り越え甲斐がある友人を持つと大変だよ!」


 そう言った直後、アルは土のドームで自分の姿を隠した。


 ドームの中でもまだ音が鳴っていることから何重にもドームを重ねているのだろう。


「壱式氷の型:砕氷拳さいひょうけん!」


 シルバは冷気を纏わせた拳を前方に向けて放つことで、外側の土のドームを氷結させると同時に砕いた。


 砕いたドームの中には一回り小さい土のドームがあった。


「上等だ! 肆式水の型:驟雨しゅうう!」


 シルバはアルが作り出した土のドーム全てを打ち砕くつもりで技を放つ。


 ドドドと音を立てながら拳を繰り出す度に土のドームが崩れていく。


「アル、引き籠ってても俺には勝てないぞ!」


 アルが守って自分が攻めるだけではつまらないから、シルバはドームの中にいるであろうアルに届くよう声を大きくして挑発する。


 そんなシルバの死角からアルが返事をする。


「誰も引き籠ってないよ」


 返事をしつつシルバの死角からアルは炎の槍を放つ。


「おっとっと」


「もう! また気づいてたの!?」


「俺の裏をかくなら気配を殺さなきゃ駄目だ」


「むぅ。わざと危なっかしい風を装うなんてシルバ君の意地悪」


「いやいや、土のドームに追い込んで挟み撃ちにしようとした奴のセリフじゃないだろ」


 アルは策士だった。


 土のドームを何重にも発動してその中に閉じこもっているように見せて、シルバがそれを壊して中に入って来るタイミングを見計らって後ろに穴を開けて脱出した。


 そして、裏から回り込んで殴ることに夢中になっているシルバの死角から奇襲するのがアルの作戦だったのだ。


 しかしながら、シルバはアルの気配を察知してアルの奇襲を予想していた。


 だからこそ、振り向かずともアルの攻撃を難なく避けてみせた訳である。


「はぁ、シルバ君は本当に強いなぁ。シルバ君、僕が魔法を撃てる回数は残り僅かなんだ。だから、お互いの一撃同士で勝負しようよ。それを撃ち破られたら僕の負けを認める」


「俺が撃ち破られたら俺が負けを認めろってこと? 別にその勝負に乗らなくても勝てるんだが」


「ふーん。僕に負けるのが怖いんだ?」


「OK。その安い挑発に乗ってやる」


 アルにはこの方法以外でシルバに勝つ方法がなかった。


 それを理解してなおシルバはアルの勝負に乗った。


 ここで勝負に乗らなかった場合、観客の中に自分を勝負に乗らない臆病者チキンと言い出す者が出て来る可能性を考慮したのだ。


 どうせ勝つならば非の打ち所がない勝利を手にしたいと考え、シルバはアルの挑発に乗った。


「勝負だ、シルバ君!」


 アルが放ったのは大きな岩の槍だった。


「弐式雷の型:雷剃かみそり!」


 シルバは右腕に雷を纏わせ、帯電した斬撃を放ってアルの岩の槍を真っ二つにした。


「うぅ、駄目だったか。シルバ、僕の負けだよ。降参する」


 アルが降参したことによって審判が口を開いた。


「そこまで! 勝者はシルバ! よって、新人戦個人の部の優勝はシルバ!」


「すげえぞ1年! よく戦った!」


「ナイスファイト! 良い試合だったわ!」


「「「・・・「「シルバ! シルバ! シルバ! シルバ!」」・・・」」」


 優勝者が決まると会場内はシルバコールに包み込まれた。

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