第17話 あの時のデコピンはマジで痛かった

 シルバは校内放送に従って独りで校長室までやって来た。


 重厚なドアをノックして名乗る。


「B1-1のシルバです。放送を聞いてこちらに参りました」


「よく来た。入れ」


「失礼します」


 部屋の中から校長ジャンヌの許可する声が聞こえたため、シルバは静かにドアを開けて校長室の中に入った。


 ジャンヌはデスクで書類仕事をしていたみたいだが、シルバがやって来たのを視界に捉えて作業を中断して顔を上げた。


「申し訳ないが色々と忙しい身なので無駄話はできない。早速本題に入らせてもらおう。属性検査キットを使って4属性を使えると判定されたそうだな」


「はい。ただし、光属性については今日初めて使えると知りましたが」


「ほう。では、氷属性も使えることは知ってたのか。水属性と雷属性は入学試験で使ったと聞いてたが、どうして氷属性は使わなかった?」


「単純に水属性と雷属性の方が使い慣れてただけです。不得手という訳でもありませんが、咄嗟に使うには使い慣れた攻撃をしました。権天使級プリンシパリティのソッドさん相手に僅かでも不安がある攻撃はしたくなかったものですから」


「ふむ。油断のない思考ができる者は長生きできる。そのまま精進したまえ」


「承知しました」


 (属性検査キットの結果について話すためだけに俺を呼んだのか? そうじゃないだろ?)


 シルバはジャンヌが他にも自分に訊きたいことがあって呼び出したのだと判断し、彼女からの次の質問を待った。


「今の質問はついでにさせてもらったが、ここにシルバを呼び出したのは次の質問をするためだ。シルバ、お前の出身は何処だ? 嘘偽りなく答えろ」


「孤児院出身なのでどこで生まれたのか正確にはわかりませんが、エクスシアの出身です」


「孤児か。それでは確かにどこで生まれたのかはわかるまい。両親を亡くして孤児院に預けられたのではないのだろう?」


「その通りです。気づいたら孤児院におりました」


 シルバは自分の出自について詳細を知らない。


 物心ついた時には孤児院におり、当時は院長に自分がどうしてここにいるのかなんて質問する知恵もなければ時間の余裕もなかった。


 孤児院は孤児の入れ替わりが激しく、院長も各人のことをきっちり把握している訳でもない。


 孤児だって多少喋れて動けるようになれば、院の経営を少しでも楽にするべく仕事を手伝うように指導していた。


 シルバが割災に巻き込まれた時は院長から簡単なお使いを頼まれており、割災に巻き込まれたと推測されればまず生きているとは思われない。


 あっさり見捨てられたシルバにとって家族と呼べるのは異界にいるマリアだけなのだ。


「孤児院にいたにもかかわらずシルバが賞金首2人を捕獲できるのは何故だ? とてもではないが孤児院にいるだけで賞金首を2人も倒せる強さは手に入らないはずだ」


 (アルが気付くなら校長先生が気付かないはずないよなぁ)


 シルバはアルが自分に似たような質問をしたことを思い出し、子供のアルが気付くことに校長であるジャンヌが気付かないはずないと確信した。


 ジャンヌに嘘偽りなく答えろと命令されていて実力でも敵わない今、シルバには嘘をついたり誤魔化す選択肢は存在しない。


 しかし、シルバとしても下手に騒ぎ立てられたくはないのでジャンヌから言質を引き出すべく口を開いた。


「その質問に答える前に、校長先生には今から答える内容を絶対に他人に話さないと約束していただきたく存じます」


「どういうことだ? 何故私がお前にそれを約束せねばならない?」


 ジャンヌは目下のシルバが言質を取ろうとしているのを知って不快感を表情に出した。


 それでもシルバは怯まずに言葉を続けた。


「下手に騒ぎ立てれば間違いなく私はこの学校で授業を受けられなくなりますので」


「ふむ・・・。ならば私に誓え。お前は他国の間者ではないと」


「誓います」


 シルバは痛くもない腹を探られるのが嫌だったので、すぐにジャンヌに誓ってみせた。


 そんなシルバの姿勢からジャンヌはシルバが悪人ではないと判断して頷いた。


「良いだろう。座天使級ソロネのジャンヌ=オファニムの名において今から聞く内容をここだけの話とすることを誓う」


「ありがとうございます。実は、私は6歳の時に割災に巻き込まれて異界に飛ばされたんです」


「異界にいただと!?」


 どこかで鍛えていたことは想定していたが、その場所が想定外の場所だったのでジャンヌは驚かずにはいられなかった。


「異界におりました。戻って来たのもつい最近で1週間経ったかどうかぐらいです」


「異界から戻って来れたとは運の良い奴め。では、異界で生き延びるにつれてその強さを手にしたのか?」


「そのとおりです」


「だがちょっと待って。シルバが異界にいたのは良いとして、それだけでソッド相手に5分間逃げ延びられる程強くなれまい。異界で何をすれば賞金首2人を拘束できるのだ?」


 (やっぱりそれをツッコまれるよな。どうしたものか)


 シルバはジャンヌからの追加質問にどう答えるか悩んで一瞬反応が遅れた。


 しかしながら、ジャンヌが他言無用を約束したのだからちゃんとそれに応じるべきだとシルバは思った。


「異界には私の前に先客がおり、その人に弟子入りして学術と戦う術を教わりました」


「その師匠は今何処にいる? シルバがここに来たということは師匠もいるのではないか?」


「おりません。私だけどうにかエリュシカに戻って来れましたので」


「師匠を異界に置き去りにしたのか?」


「いえ、師匠にエリュシカに戻って見聞を広めよと割災の際に追い出されました」


 (あの時のデコピンはマジで痛かった)


 シルバはデコピンで異界からエリュシカに戻されたことを思い出しながら答えた。


「それはまた奇特な御仁を師匠にしたな。弟子だけエリュシカに戻して自分は異界に残られるとは・・・」


 ジャンヌは仮に自分がマリアの立場にいたとしたら、弟子シルバだけエリュシカに戻さず自分も戻っただろうと思って表情が引き攣った。


「師匠が変わってるのは否定しません。ただ、私は師匠のおかげで勉学も戦闘技術も人並み以上にできるようになりました」


「そうか。そう言えば、ソッドと戦った際に何やら流派の名前を口にしたそうだな。ソッドが覚えてなかったのでシルバに訊こう。なんという流派なのだ?」


「【村雨流格闘術】です。<格闘術マーシャルアーツ>と<付与術エンチャント>の複合技ですね」


「ムラサメ・・・だと・・・!?」


 ジャンヌは今日一番の驚きを見せた。


 それもそのはずで村雨とはエリュシカのヒーローであるマリアの苗字だったからだ。


 シルバは下手に自分から話すよりもジャンヌが訊きたいことに答えた方が良いと思い、ジャンヌが驚きから立ち直るまで待った。


 深呼吸して落ち着きを取り戻したジャンヌはシルバに訊ねた。


「シルバ、お前の師匠はマリア=ムラサメの関係者か?」


「本人です」


「は? 私を揶揄ってるのか? お前はマリア=ムラサメが120歳を超えてると言うのか?」


「<完全体パーフェクトボディ>というスキルのおかげだそうです。スキル獲得時に決めたルーティンを毎日こなすことで、自身の全盛期の容姿と実力を維持できる効果を持つと聞きました」


「なんだそのふざけたスキルは。そんなものが実在するなら私も欲しいぞ。会得条件はわからないのか?」


 女性にとって永遠の若さはどの世界でも課題のようだ。


「わかりません。でも、そのスキルがあることで私が師匠と立ち会っても一撃も入れられませんでした」


「拳者は健在か。シルバよ、エリュシカにとっての朗報を秘密にするのは損失ではないか?」


「師匠は87年もの間ずっと1人で異界のモンスターを狩っておりました。その師匠にまだ重荷を背負わせる気ですか?」


「・・・そうだな。なんでもかんでも拳者に頼るのは今を生きる者として恥ずべき行為か。すまない、今の発言は聞かなかったことにしてくれ」


 シルバに冷ややかな目を向けられ、ジャンヌは甘えたことを言ってしまったと自分の発言を恥じた。


「わかりました。とりあえず、私の出自についてはご理解いただけましたでしょうか?」


「勿論だ。シルバ、最後に1つだけ言っておこう。新人戦で拳者の弟子の立場に恥じぬ戦いを見せて優勝せよ。新人戦で優勝すれば階級を上げられるぞ」


「新人戦ですか。承知しました。万全の準備をした上で臨みましょう」


「よろしい。話は以上だ。教室に戻りなさい」


「はい。ありがとうございました」


 シルバはジャンヌにお礼を言って校長室を出て、B1-1の教室へと戻った。

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