第48話 ねえねえ今どんな気持ち? 野兎だったらしいけどどんな気持ち?

 夕食のデザートにクッキーが登場し、サリーとメリルはまたしてもシルバに餌付けされた。


 夜から明日の行動予定を共有し、最初に見張りをするのはシルバとジーナに決まった。


 Mチームは戦闘コースの学生が2人いるので、シルバとアルが見張りの前半と後半に分かれるのは妥当だ。


 残りの3人をどう分けるかだが、じゃんけんでジーナが前半になった。


 アルはシルバと一緒に見張りをしたかったけれど、それでMチーム全員がピンチになってはいけないと踏み止まって先にテントで休んだ。


 焚火を前にシルバと二人きりになったところで、ジーナがシルバに話しかける。


「クッキーの評判は良かったわね」


「そうだな。合同キャンプの後に売り出すんだろ?」


「うん。最初は学食で週に2回販売して様子を見る。その許可はもう貰ってあるよ」


「仕事ができるな」


「フフン、商人は迅速がモットーなのよ」


 ジーナはぺたんこな胸を張ってドヤ顔を披露した。


「ファルコさんがそう言ってたのか?」


「うん。おとーさんも筋肉で威圧するだけじゃないんだよ」


「わかってるって」


 シルバが父親ファルコを筋肉馬鹿と評価されていたら困るのでジーナは訂正した。


 もっとも、シルバは最初からそんな風に思っていないから大した意味はないのだが。


「ねえ、シルバはマリアさんからどんなことを学んだの? 前に勉強と実技を習ったって言ってたけど、具体的に何を教わったの?」


「勉強面ではマリア曰く一般教養と呼ばれる知識だけでなく、ジーナとアルに見せた料理やサバイバル技術も教わったな。実技は戦い方だ。人ともモンスターとも戦えるようにしなさいってビシバシ鍛えられた」


「今年の主席だもんねー」


「マリアの一般教養は一般教養じゃなかったんだ」


 ニヤニヤするジーナに対し、シルバは言い訳するように言った。


 このまま雑談して交代する時間が来れば良かったのだけれど、シルバの耳は遠くから学生が叫ぶ声をキャッチした。


「静かに」


 シルバが人差し指を口元に置けば、ジーナが両手で口を閉じる。


 自分がシルバの邪魔にならないようにしたのは大袈裟だが、決してその考えは間違っていない。


「誰・・・、た・・て・・」


 (助けを求めてる?)


 シルバは途切れ途切れに聞こえた声を救援要請だと判断した。


「誰かぁ、助けてくれ~!」


 (声が近づいて来てる。焚火を目指して来たらしい)


「ジーナ、テントの中に隠れてて」


「わかった」


 戦闘では役に立てないとわかっているため、ジーナは異議を唱えることなくシルバの言う通りにした。


「助けてくれ~!」


 声の主は間違いなく学生である。


 その学生は武器を持っておらず、見るからに戦える者の肉体ではなかった。


 シルバ達の拠点の前に辿り着いた学生はシルバを見つけて頭を下げる。


「助けてくれ! 俺のチーム、Nチームが大変なんだ!」


 (Nチーム? ヨーキのチームじゃないか)


 Nチームと言われてその顔をよく見てみれば、ニュクスの森に向かう馬車で同じだった学生だった。


「何があった?」


「はぐれモンスターに遭遇したんだ!」


「お前以外のチームメンバーはどうした?」


「・・・」


 言い辛そうにしていた学生を見てシルバはやれやれと首を振った。


「お前だけ逃げたのか?」


「違う! 俺は助けを求めるために最善の行動を取ったんだ!」


「開き直った。いや、自分の行動を都合良く解釈したのか」


「俺はT1-1で一番優れたリモーだぞ!」


「知らないな。階級は?」


「ぐっ・・・」


 (なんだ、階級もないのにイキってたのか)


 リモーと名乗る学生に憐れみの目線を向けていると、テントの中からアルが出て来た。


「シルバ君、騒がしいね。何かあった?」


「T1-1のリモーとやらがNチームのピンチを救ってくれと偉そうに言ってる」


「Nチーム? ヨーキのいるチームだよね? ヨーキもあれで強いのにピンチになる?」


「本当かどうかわからんけどはぐれモンスターが出たらしい。リモーは単独で逃げてきた訳だ」


「ふーん」


 そんな話をしていると、何人かの足音がシルバ達の拠点に向かって来るのが聞こえた。


「またお客さんだって、あれ? ヨーキじゃね?」


「ヨーキだね。他のメンバーもいる」


 シルバとアルの視界にヨーキ達Nチームの姿が映った。


 ヨーキ達はリモーを探していたようだ。


 リュックもしっかり背負って来ており、ヨーキの後ろの学生は2人分背負っている。


「おい、リモーがいたぞ」


「重かったぁ」


「ビビり過ぎなのよ」


「いざって時に頼りにならないわね」


 (はぐれモンスターが出たってのは見間違いだろうな)


 そのように判断したシルバはヨーキに話しかける。


「ヨーキ、はぐれモンスターに遭遇した?」


「いや、野兎だった」


「「野兎」」


 ヨーキの知らせた事実にシルバもアルも目が点になる。


「嘘だ! あれは確かにはぐれモンスターだったはずだ!」


「ねえねえ今どんな気持ち? 野兎だったらしいけどどんな気持ち?」


 イライラした口調で言うのはリモーの荷物を運んでいた学生だ。


 煽り50%、怒り50%というところだろうか。


「煩い、黙れ! 指揮官である俺の命が最優先だ! 戦場でも指揮官の倒された隊から潰れてくのは明らかだろうが!」


 (なかなかのクズだな)


 リモーの発言にシルバは白い目を向ける。


 いや、シルバだけでなくその場にいた全員がリモーに白い目を向けている。


「おい、なんだその目は! 俺はエリートコースを進むリモーだぞ!」


「シルバ君、ちょっとNチームに目潰ししてくれない? もしかしたらその間に事故が起きるかもしれない」


「アル、落ち着け。あんなしょうもない奴のために手を汚すことはない」


 階級もなければ戦えもしないリモーが偉そうにしているのを見て、アルがシルバに物騒なお願いをする。


 アルが何をしでかそうとしているか察し、シルバは苛立つ気持ちを理解しつつアルを宥めた。


 その時、シルバ達の遠吠えが聞こえる。


「アォォォォォン!」


「ひぃっ!」


 リモーは遠吠えにビビってなんとも情けない声を上げた。


 (今の遠吠え、ブルーウルフか?)


 シルバは異界で聞いたことのある遠吠えだったため、遠吠えの聞こえた方角をじっくりと観察した。


 茂みが揺らされる音がテントの方に近づいて来るのが聞こえ、シルバは接近するブルーウルフ(仮)の狙いを理解した。


「リモー、狙われてるぞ!」


「え?」


 その直後に茂みから青い毛並みの狼が飛び出した。


 シルバの推測通り、この狼こそブルーウルフである。


「アォン!」


「うわっ!?」


 逃げ出そうとしたリモーは足が縺れて転んでしまう。


 (仕方ない。助けてやるか)


「弐式雷の型:雷剃かみそり!」


 シルバはリモーに飛び掛かろうとしたブルーウルフに帯電した腕を薙ぎ払って斬撃を飛ばした。


 それにより、帯電した斬撃がブルーウルフの頭と体を離れ離れになった。


「うっ、臭っ」


 ヨーキが臭いと言ってキョロキョロと原因を探すと、襲われたリモーが失禁していた。


「うわぁ、漏らしてやがる」


「軍学校の学生としてどうなの?」


「替えのパンツは持って来てるのかしら?」


 Nチームの仲間達からの視線は既に氷点下レベルに冷え切っている。


 そんな彼等を放置してシルバはブルーウルフがいる場所へと飛び移り、黙々と解体していく。


「シルバ君、何やってるの~?」


「ブルーウルフも食えなくはないから血抜きと解体してるんだ」


「ブレないねぇ」


 はぐれモンスターの討伐証明が必要だが、綺麗に切断した頭部があれば問題ないだろう。


 シルバは売れる毛皮と色々使い道のある魔石は回収し、肉は食べられるように加工して内臓は地面に埋めた。


 魔石はモンスターに必ず備わっている核とも呼べる存在であり、強いモンスターである程価値が高くなる。


 ブルーウルフは比較的弱いモンスターなので魔石の価値はそれほど高くないけれど、あるのとないのでは全然違うから回収した。


 魔法道具マジックアイテムを動かすのにも魔石は使えるので、それを自作してみたいシルバにとって魔石が手に入るのは好都合なのだ。


 ブルーウルフに襲われてショックを受けていたリモーだったが、気持ちが落ち着いて立ち上がると怒りに満ちた表情でシルバに近づいていく。


 その瞬間、シルバとリモーの間に岩の礫が通過し、リモーは驚いて後ろに転んだ。


「せこいこと考えてるようだね。次はないよ?」


「は、はい」


 リモーは自分が囮になったんだから手柄を寄越せと言おうとしたが、アルの殺意を込めた攻撃に委縮して何も言えなくなった。


 結局、ヨーキ達がリモーを回収してこの場から立ち去って行き、それ以降翌朝までハプニングは起きずに済んだ。

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