第264話 おはよう、けたたましい朝が来たわ

 翌日の早朝、シルバ達は警報の音で目を覚ました。


「んあ、何事?」


「シルバ君、あと3時間」


「そこはあと3分じゃないですか? というよりも割災予報機の警報ですよね。アリエル、起きて下さい。割災が起きますよ」


「割災? う~ん、起きる~」


 公王と皇后になってから、シルバ達は一緒に寝るようになった。


 まだ後継ぎを作るようなことはしていないが、いきなりやろうとしても精神的ハードルが高そうだからということで、シルバとアリエル、エイルはキングサイズのベッドで3人仲良く寝ているのだ。


 シルバとエイルは起きたらすぐに頭が働くのだが、アリエルは頭が働きだすまで少し時間がかかる。


 それゆえ、寝起きのアリエルは隙のない彼女にとって珍しく隙だらけである。


 エイルに体を揺すられて目を覚ましたため、アリエルは大きく伸びをしてからのそのそと起き上がった。


 そのタイミングで寝室をノックする音が聞こえ、直後にマリアが部屋の中に入る。


「おはよう、けたたましい朝が来たわ」


「おはようマリア。あまり気分の良くない朝だな。割災予報機はもう確認した?」


「したわよ。1時間後にムラマサとウェスティアの中間地点で発生予定だったわ」


「それはまた微妙な位置で発生するね。はぁ、朝食は後回しか」


 割災予報機がが鳴ったのは今日が初めてであり、本当にその地点で予報通りに割災が発生するか確かめる必要がある。


 いきなりゴールド級モンスターが穴から出てきたら、ムラマサを守る第一騎士団とウェスティアを守る第二騎士団では対処できないので、シルバ達が様子を見に行く訳である。


 着替えてリビングにいるレイ達と合流し、シルバ達は朝食を取る間もなくレイとマリナの背中に乗ってムラマサとウェスティアの中間地点に向かう。


 目的地についてから10分後、割災予報機の示した時刻になって空間が揺れ始め、そこに異界と繋がる穴が生じた。


 (まずは割災予報機の開発に成功したことを喜びたいが、出て来たモンスターがなぁ・・・)


 シルバはマリアの開発した割災予報機が正確に作動したことを喜んだが、異界に通じる穴から現れたモンスターを見て喜べなくなった。


 その見た目は嘴と翼の先が青銅の怪鳥であり、放つオーラはマリナと同等だった。


「マリア、あいつ初めて見るんだけど何?」


「スチュパリデスね。ゴールド級モンスターよ」


 シルバとマリアの話を聞いていたレイがそこに加わる。


『ご主人、あいつを倒して朝食にしようよ』


「チュパ!?」


 レイに出会って早々に朝食にしようと言われ、スチュパリデスは衝撃を受けた。


 もっとも、スチュパリデスに限らず誰だって同じ立場になれば驚くに決まっているのだが。


 レイはスチュパリデスが驚いている隙に<属性吐息エレメントブレス>で光のブレスを放つ。


 隙を見せるのが悪いんだと言わんばかりの攻撃に、スチュパリデスは慌てて回避した。


 だが、スチュパリデスが回避した時にはシルバが空を駆けてその真上に回り込んでおり、死角から奇襲を仕掛ける。


「肆式水の型:驟雨」


 シルバにボコボコに殴られ、スチュパリデスの体は地面に叩きつけられた。


 地面に落下しても、ゴールド級モンスターならば簡単には力尽きない。


 まだ動けるだろうと判断し、レイは<属性吐息エレメントブレス>で風のブレスを放ってとどめを刺した。


 中途半端な攻撃をすれば、シルバからの不意打ちにキレたスチュパリデスが暴れ出すに決まっているので、起き上がる前にオーバーキルになっても良いから確実に倒したのである。


 シルバが着陸するのに続いてレイも着陸し、穴からモンスターが出て来ないのを確認して倒したスチュパリデスの魔石をリクエストする。


『ご主人、魔石ちょ~だい』


「よしよし。ちょっと待ってな」


 シルバはレイが魔石を欲しがるものだから、スチュパリデスの死体から魔石を取り出してレイに与える。


 レイが嬉しそうにそれを飲み込むのを見て、マリアがレイの成長に納得した。


「これだけシルバがレイちゃんを可愛がってれば、そりゃレインボー級までもう少しって強さになるわ」


『レイが強くなればご主人と一緒に戦えるもん。レイが我が儘言ってる訳じゃないもん』


「そうだな。レイはちゃんと戦ってくれるもんな」


「シルバは将来親バカになりそうね」


 レイを可愛がるシルバの姿を見たことで、マリアはシルバが将来的に立派な親バカになるだろうと容易に想像できた。


 それについてはアリエル達も同意見だったため、誰もマリアの言い分に反対したりしなかった。


 レイが満足してからスチュパリデスの死体を<虚空庫ストレージ>にしまった頃、異界に繋がる穴は小さくなっていった。


 ところが、穴が消える前に何かが風を纏って異界からエリュシカに飛び込んで来た。


 それは人のように二足で立っているが、異界からエリュシカに飛び込んでくる際は四足歩行で走っていた。


 狼の頭と獣の後ろ足を持ち、全身が体毛に覆われた姿のモンスターはシルバ達を見て咆哮する。


「アォォォォォン!」


「随分と好奇心が旺盛なワーウルフね。普通の個体ならもっと慎重だから、割災が終わるギリギリのタイミングで飛び込んだりしないのに」


 ワーウルフの咆哮なんて関係なく、マリアは思ったことを口にした。


 (咆哮の質からしてシルバー級寄りのゴールド級モンスターってところかな)


 シルバもマリアと同様に精神的な余裕があったため、冷静にワーウルフの強さを見積もっていた。


 ワーウルフは一番戦い慣れてなさそうなエイルをターゲットに選び、接近して蹴りかかる。


『させませんよ』


 勿論、その脚がエイルに届くことはなかった。


 マリナが反射領域リフレクトフィールドを差し込み、ワーウルフは蹴った力が自分に跳ね返されて後ろに吹き飛ばされた。


『恥を知りなさい』


 マリナはワーウルフに慈悲を見せることなく追撃する所存であり、ワーウルフが立ち上がる前から水弾乱射ウォーターガトリングでどんどんダメージを与えていく。


 このままではやられるだけだと思ったらしく、ワーウルフはカポエイラの動きで水の弾丸を弾こうと動き出した。


 しかし、それは失敗に終わる。


「アォ」


 嘘だと言わんばかりに短く吠える途中で、ワーウルフの頭部が水の牢獄に閉じ込められてしまった。


 マリナが水弾乱射ウォーターガトリングから水牢ウォータージェイルに技を変え、ワーウルフのカポエイラを阻止したのだ。


 主人エイルを弱そうだと判断して真っ先に攻撃したワーウルフを許せず、マリナは水の中でモガモガ言っているワーウルフの息が止まるまでじっと待つ。


 ワーウルフは水の牢獄から抜け出そうと必死に藻掻くが、マリナのコントロールが正確なおかげで少しも水の牢獄を顔から引き剥がせなかった。


 動くには呼吸しなければならず、水の牢獄に頭部がすっぽり入っていたワーウルフは肺呼吸する生物なので呼吸ができず窒息死した。


 ピクリとも動かなくなったワーウルフに対し、マリナではなくリトが近づいてその体を踏んでみる。


「・・・ピヨ」


 死亡確認と言いたげな表情で静かに鳴くリトは芸達者なのかもしれない。


 ワーウルフの咆哮のせいでモンスターがこの場に寄って来ないか心配したけれど、シティバリアの影響でできた溜まり場からモンスターが動くことはなかった。


 マリアはリトがワーウルフを踏みつけたまま決めポーズを披露するのをスルーして、うんうんと頷いていた。


「シティバリアの影響でワーウルフのモンスターを呼ぶ声は無効化できるのね。これは嬉しい発見ね」


「マリアならワーウルフをどう倒した?」


 シルバはマリアの戦い方を聞き、自分のスタイルにその対抗策を取り入れられないか考えるために訊ねた。


 シルバの予想では、ワーウルフが相手でもマリアならば【村雨流格闘術】は使わずに倒せるはずだった。


 昨日の模擬戦で一撃入れたとはいえ、あれは初見殺しの1回きりのやり方だから、次からは使っても効果がないだろう。


 だからこそ、シルバはマリアの戦い方を知って対処できるようになりたくて訊ねた訳だ。


「私だったら空気を指で弾いてワーウルフの鼻を攻撃するところから始めるわね。空気の弾で弱点の鼻を攻撃すれば弱体化するはずだから、弱ったタイミングで首を手刀で刎ねて終わりだ」


「やっぱりスキルなしで勝っちゃうか。まだまだ先は遠いな」


「当たり前よ。【村雨流格闘術】を極める過程で色んな技術を身に着けたからね。この程度の雑魚相手に使ってられないわ」


 (信じられるか? ゴールド級モンスターが雑魚なんだぜ?)


 マリアの発言を受け止め切れず、シルバが渇いた笑みを浮かべてしまうのは無理もない話だった。

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