306 決戦!ファイナルレース①

「どうしてかな。ヴィゴーレはフィオさんがいると、楽しいみたい」


 でも、とつづけながらハーディはゴーグルをつける。ガラス越しに向けられた赤茶色の目は、いつになく赤みが濃く浮かび上がっていた。


「ヴィゴーレと誰よりも強い絆で結ばれているのは僕だ。それを証明するよ」


 スタートランプが一斉に赤く点灯する。ハンドルを掴むライバルたちに遅れず、フィオも身構えた。ランプの赤がもうひとつ点く。


『フィオさん、シャルルから伝言です』


 内側からジョットの声が響いた。


『ボクを信じて』


 ランプが赤から黄色に変わる。誰もが息を呑んだ一秒間。十万の人とドラゴンがいるなんて嘘のように、静寂が降りる。

 言い知れない衝動が脊髄せきずいを駆け上がった瞬間、青く点灯したランプが開戦を告げた。


「駆け抜けるよ、終わりの先まで!」


 一斉に飛び立つドラゴンたちに負けず、シャルルも強く地を蹴って羽ばたく。感覚のない足がその動きをうまくいなせず、わずかに姿勢が乱れた。

 その隙にすかさず入ってきたのは、パピヨンとハーディだ。彼らより前、翼竜科を駆るジンが先頭を切る。


『だいじょうぶですか、フィオさん! ここは風が強いです。向かい風アゲ四メートルフォー! 後ろにはランティス!』


 競技場コロセウムを出てすぐ、頬を叩くような風を感じた。高度が高いことに加えて、双子山から吹き下ろす冷たい風が厳しい。フィオは細かく風の情報を伝えるようジョットに指示し、コース全体を思い描く。


「ジョット、最終コーナー。そこまでに一位を捕らえる」

『わかりました。風向きに注意します』


 前を行くヴィゴーレを壁に使いながら、シャルルは公園を駆け抜ける。川の沿岸では競技場コロセウムに入れなかった人々や露店商が、瞬く間に通り過ぎるドラゴンに向かって歓声を上げていた。

 ロード島中に設置された災害用伝心石から、実況者の声が響く。


『さあっ、飛び出したのはジン・ゴールドラッシュ選手! まもなく双子山のふもと、氷の洞くつへと差しかかります! 中はいくつもの道が入り組み、どのコースを取っても構いません。ドラゴンに合った道を、ナビが的確に導けるかが勝負の鍵です!』

下降右折ダウンライトトゥ下の道ロー! トゥ左折レフト進路レーン二時方向ツー!』


 ジョットは打ち合わせ通り、洞くつに入ってすぐの下の道を指示する。こちらが出口に向かって伸びている最短の道だ。

 しかし前のハーディは左上の道を選んだ。ヴィゴーレの体が大きいためだろう。少々遠回りでも幅が広く、曲がり角の少ないコースを行くのは賢明だ。

 フィオからはパピヨンの姿がよく見えるようになった。鉱物科マル・ボルボレッタのグレイスは、オパールの翼をひらめかせ、かどをしなやかに曲がっていく。

 そのさらに前には、一位のジンがいる。


「あれ、おかしい。でも……いや」


 ふと、違和感に気づく。前方のパピヨンがしきりに周囲を気にしていた。コース内で不測の事態発生か。自然を活かしたレースではよくあることだ。

 その場合、記録である記憶石の地図には反映されない。


「シャルル、低く飛んで!」

下降左折ダウンレフトトゥ右折ライト!』


 下降しながらのジグザグ道。その先はしばらく直線だと記憶を引き出し、フィオは前を見据えた。シャルルが右へ頭を振ったとたん、視界が開ける。

 前方のパピヨン、彼女のさらに奥を見てフィオは息を呑んだ。


「ジョット! ジンの位置特定! 早く!」


 ジンがいない。直線でも捉えられないほど離されたとは思えない。

 他の道を取った? バカな。小回りの利くギョロメにそれは愚策だ。


『え、ジンですか? パピヨンさんのすぐ前にいますけど……あれ?』


 ジョットの言葉にハッと目を剥く。最短経路と沿うように、もうひとつ道がある。しかしそちらは狭く、まず一般的なドラゴンでは厳しい。しかし細身の翼竜科なら、可能性があるかもしれない。

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