303 選ばれた者 選ばれなかった者④

 しかしそんなものは、わかっているつもりに過ぎなかったことを、突きつけられる。


「お前はこの笛で今度こそ、あいつを殺そうと思ってたのか!? 天涯孤独で、夢も相棒も生きる意味も失いかけたあいつから、まだ奪うつもりなのか!」


 よりによって、大事な妹を傷つけた人物と旅していたなんて、とんだまぬけ話だ。


「や、やめてよキース。私は知らないって言ってるでしょ! たまたま骨笛を持ってただけで、犯人扱いされちゃ堪らないわ! そりゃ私とフィオは仲がいいとは言えないけど、あの子が昔からどれだけドラゴンバカで、ロードスターになりたがってたか知ってるのよ。この前だって、指輪なんか見ちゃって。似合わない、くせに……」

「ヴィオラ。フィオから伝言がある」

「え……」


 彼女は瞳ににじむ涙に気づいているのだろうか。震える光がもし、目元いっぱいにあふれるほどあったのなら、すれ違わずに済んだかもしれない。

 けれど、ヴィオラに骨笛に手を出させたのも、また情だ。

 どうか幼なじみが、涙の意味に気づけることを祈って紡ぐ。


「『この前はごめん。ヴィオラが憧れだって気持ちに嘘はないけど、私から言われてもうれしくないよね。でも私が言いたかったのは、ヴィオラは私にはない素敵なとこたくさん持ってるってこと。ヴィオラもデイジーもすごくかっこよくて、かわいいよ。これからも兄をよろしくお願いします』」


 ハッと口を押さえ、うつむくヴィオラを見ながら、キースは伝言を頼まれた時のことを振り返る。自分で伝えたほうがいいんじゃないかと言った。フィオは困ったように眉を下げ、かえって気分を悪くするだけだと笑った。

 キースよりも、フィオはヴィオラをわかっている。気の強い幼なじみは、本人の前でけして泣けなかっただろう。

 嗚咽おえつを押さえる手の甲を、涙がぽろぽろこぼれていく。


「ばっかじゃないの! 私が全部奪ったのに! キースも夢も! 私には外で遊べる丈夫な体も、大きなドラゴンも、初恋の人も手に入らなかった! 全部持ってるあの子が憎くて仕方かったのよ……! 素敵? 心にもないくせにっ。キースだって今もあんたのことで頭がいっぱいよバカ!」


 髪を乱して項垂れるヴィオラの前から、キースは席を立つ。運営からの借り物である記憶石を手に取り、淡々と告げた。


「さっきも言った通り、確かな証拠はない。だから竜騎士団に訴えることはしないつもりだ。そもそもフィオにその気がないからな。だが、レースは棄権する。異論はないな」

「わたしは……わたしは、あの子がうらやましかった……」


 すすり泣くヴィオラに背を向け、キースは静かに部屋をあとにする。手にした骨笛からパキリと、乾いた音が鳴った。



 * * *



「フィオさん! キースとヴィオラさんが棄権したそうです!」


 宿から慌てて走ってきたジョットに、フィオは手を貸した。相棒がシャルルに跨がったことを確認してから、ゆるやかに飛び立つ。

 目的の競技場コロセウムは目と鼻の先。せり出した客席にはひとつも空きがなく、色めき立つ観客の声が響いてくる。


「うん。そうだね」


 そよ風にも流されそうな声で、フィオはうなずいた。


「あれ。知ってたんですか。でも棄権の情報は今……」

「全部を知ったら、キースならそうするかなって思ってた」

「全部……まさか事故のっ。フィオさん最初から気づいてたんですか!?」


 身を乗り出すジョットの重みを感じながら、フィオは足の患部に手を伸ばす。痛み止めの影響で感覚はほとんどない。


「最初からじゃないよ。シャルルとすれ違って、キースとも疎遠になって。飛べないのって、こんなに苦しいのかって思い知ったあとに、ヴィオラを見てたらさ。腑に落ちたんだよね。ジョットならわかるでしょ」

「そりゃ飛べる相棒いたら便利だなって、何度も思ってきましたけど。俺は納得してます。竜神の魂と相棒になろうってドラゴンはいないだろうし、俺はフィオさんに会うために生まれてきたんです。今はもう、相棒ドラゴンが欲しいなんて思ってませんよ」

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