302 選ばれた者 選ばれなかった者③
「私は、認めるわけにはいかないのよ! 認めたら、諦めちゃうじゃない……!」
寄り添うようにデイジーが小さく鳴く。同意しなかったのに、今度こそ応じるデイジーは、ヴィオラの心と繋がるたった一頭の相棒に違いなかった。
* * *
レース当日の朝、キースはヴィオラの部屋を訪ねた。返事を聞いてから扉を開くと、彼女はすっかり身仕度を終えて、記憶石が映し出すコースを確認している。
扉前から動かないキースを見て、ヴィオラは呆れた声を出した。
「まだ部屋着だったの? 早く着替えてちょうだい。レースは昼からとはいえ、その前にジェネラスと一、二本飛ぶでしょ?」
「話がある、ヴィオラ」
「なあに」
返事をしながらもヴィオラは顔を上げない。キースは向かい側のソファに腰かけ、記憶石を二度つついた。緑色の光線で描かれたロード島が消える。ヴィオラはようやくキースの目を見た。
「なにするの」
「ちゃんと聞いて欲しい。大事な話だ」
「……そう。それであなたずっと上の空だったのね。昨日の作戦会議も身が入ってなかったでしょ。いいわ。本番前に気がかりなことは全部話して」
記憶石といっしょに、選手情報などをまとめた手帳を脇に置き、ヴィオラは足を組む。じっくり話をする時の彼女の癖だ。その太ももに頭を預けるのが、デイジーの定位置だった。
「一年前。フィオの転落事故があった日のことだ」
切り出しながら、キースはヴィオラの表情を注意深く見る。かすかに眉根を寄せた。キースがフィオと言う度に、彼女はこんな顔をする。
「ヴィオラは飲み物を差し入れにきてくれたよな。帰りに怪しい人物を見なかったか」
「特に見てないと思うけど。待って。あれは事故でしょ?」
「誰かが故意に引き起こした可能性が出てきた。シャルルが骨笛の音を聞いたらしい」
ヴィオラの目がまるく見開かれ、頬が強張る。骨笛と聞いて驚いたようだ。そわそわと唇を触り、ヴィオラは慎重に尋ねてくる。
「でもシャルルって、それは確かなの? フィオが言ってたの?」
「いや。俺が聞いたのはジョットからだ」
「ジョット!? なんで相棒でもないあの子が出てくるのよ。信じがたいわ」
「確かに証拠はない。シャルルと話せるでもない限り、骨笛と断定もできない。だけどジョットは、フィオのことで嘘も誤魔化しも逃げることもしないんだよ。いつだってまっすぐで、ひたむきだ。俺はあいつを信用している」
だから、とつづけようとした声が震えた。少ないつばを飲んで、ひりつくのどをなだめる。額を拭うふりで頭を支えた。そうでもしなければ、項垂れてしまいそうだった。
「ヴィオラお前も、正直に話してくれ。お前がやったのか?」
「は……。なにを」
「お前が骨笛を吹いてシャルルを狂わせ、フィオを転落させたのか」
「ば、バカ言わないでよ。なんで私がそんなことしなきゃいけないの」
「やってないって言うのか」
「当たり前でしょ!? フィオは私にとっても幼なじみよ。そんな、一歩間違えば死んでたかもしれない危険なこと、するわけ――」
「そうだ。お前はフィオを殺しかけたんだ。これで」
キースはローテーブルに隠し持っていたものを置く。ゆるく湾曲した白い骨笛だ。
ヴィオラの目が泳ぎ、せつなベッドを見る。正確にはその脇にあるトランクケースだろう。キースがこの骨笛を見つけた場所だ。
「悪いが、お前が出かけている間に荷物を見せてもらった。これはお前のかばんから出てきたものだ。なぜ、こんなものを持ち歩いている?」
「そ、れは、普通に飾りとして、かっこいいかなと思って……」
「だったら模造品で十分だろ。わざわざ許可証を得てまで買う必要があるか」
「だって本物のほうが……その……」
「はっきり答えてくれヴィオラ!」
拳をテーブルに叩きつけ、キースは唇を噛む。
ヴィオラが昔から、フィオとそりが合わないことは知っていた。不遇な幼少期の反動で気が強く、欲望に素直な性格も理解していた。ロードスターになるには、そんな彼女の積極性と自尊心が必要だと、評価すらしていた。
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