301 選ばれた者 選ばれなかった者②

「ちょっとね。あー、でも観光客向けのものしかないなあ。簡素でいいんだけど」

「やけにかしこまったもの欲しがるのね。誰か結婚でもするの?」


 そう言ったとたん、フィオは我に返ったように顔を上げた。まるめた目でヴィオラを見るが、すぐに逸らしてあいまいに笑う。


「そうじゃないよ。どういうものがあるのか、見たかっただけ」


 踏み込まれたくない気配を感じ、ヴィオラはそれ以上聞かなかった。

 フィオはもうすぐハンドルもライフルも握らなくなる。年頃の女性たちと同じように、自由なおしゃれが楽しめる。けれど、そんなことを喜ぶ幼なじみではないと、ヴィオラは知っている。

 指輪で彼女の寂しさが少しでも埋められるなら、いくらでも買えばいい。


「そうだわ。私が買ってあげようか?」


 にわかに胸がツキリと痛み、ヴィオラは気づけばそう声に出していた。


「え。いいよ。買ってもらう理由ないもの」

「たまにはいいじゃない。退院祝いとか」

「いやいや、いつの話それ。本当にいいよ。どれ買うか決まってないし」

「そう。じゃあ決まったら教えなさい。私がいいって言ってるんだから、厚意は素直に受け取るものよ」

「うーん……。あ、じゃあ私からもヴィオラに買うよ。これなんかどう?」


 露店の棚からサッと取り上げたものを、フィオはヴィオラの米神にあてがう。


「かわいい。似合ってる」


 懐かしむような、寂しそうな微笑みを向けられ、ヴィオラは眉をひそめた。ほら、と言われ手を差し出してみると、花の髪飾りが置かれる。紫色のデイジーに似た飾りだった。

 相棒の名前の由来で、ヴィオラが一番好きな花。そして病弱で家から出られなかったヴィオラに、キースが贈ってくれた花だ。


「私ね、ヴィオラがうらやましかったよ」


 ふと、こぼれてきた言葉に目を起こす。フィオはまるで、まぶしいもののようにヴィオラを見ていた。


「上品でおしゃれで、女の子らしくて。本の話でキースと盛り上がれるヴィオラみたいに、なりたかった。実はね、髪を伸ばすようになったのは、ヴィオラの真似だったんだよ。ヴィオラは私の憧れ。デイジーも小さくてふわふわでピンクで、いいなあって。あっ、シャルルに不満はないからね!」


 相棒から抗議され、フィオは慌てて機嫌を取る。ヴィオラは髪飾りを握り締めた。同情や罪悪感は消え失せ、だったヘドロのような感情が、沸々と湧き上がる。


「なによ……」


 髪飾りを棚に叩きつけフィオに詰め寄った。


「なによそれ! 私がうらやましかった? 笑わせないで! 子どもの頃私がどれだけ不自由な思いをしたかっ、どんな思いで窓の外を見ていたかっ、あなたにはわからないでしょ!? 相棒ドラゴンだって――!」


 肩に乗ったデイジーの顔が視界に入り、ヴィオラはすんでのところで言葉を飲み込む。

 デイジーを傷つけたいわけじゃない。この子は家族で、自分の半身も同然だ。ファンから褒められれば誇らしいし、間違いなくうちの子が世界で一番かわいいぺディ・キャットだと自負している。

 だけどもしも、デイジーが小竜科じゃなかったら。ヴィオラを乗せてどこまでも飛べる翼があったら。

 いつだってあの窓を飛び出し、雲のやわらかさや風の行方や虹のふもとにあるものを、確かめることができた。

 変えられる運命ならどんなこともしたのに!


「最初から持っていたあなたにはわからないわ! 私には機会さえ与えられなかった……!」

「待ってヴィオラ! 私が言いたかったのは、あっ」


 伸ばされた手を振り払い、突き飛ばす。フィオは簡単によろめき、倒れそうになったところをシャルルに受けとめられた。

 足を悪化させてしまったかしら。

 ちらと懸念が過るが、店主とシャルルからにらまれて、きびすを返す。足早にその場を去った。


「だから嫌いなのよ。あの子が昔から。デイジーもそうでしょ」


 相棒は困ったような目をして、ヴィオラの髪に頭を埋めた。煮えきらない態度にますます苛立ち、歩調を強める。雑踏の中、何人かが振り返ったが構わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る