300 選ばれた者 選ばれなかった者①

「私は、場違いなのかしら。キースの隣も、ここにいることも……」


 気づけば露店通りに着いていた。ひしめく人波は見ているだけで疲れるが、少しは買い物で気晴らしがしたい。長蛇の列を作っている店があり、なにが人気なのかしらと先頭に目を向ける。

 そこで見知った人物を見つけ、ヴィオラは顔をしかめた。

 フィオだ。よりによって今一番会いたくない人物と遭遇そうぐうしてしまった。長い列はフィオの前にできており、順番を待つ人々は色紙やハンカチなどの小物を持っている。幼なじみは引きつった笑みで、それらにサインを書いていた。


「やだ。見なかったことにしましょ、デイジー」


 もっともだ、と相棒はうなずく。

 しかし顔を背けようとした時、フィオの目とがっちり合ってしまった。とたん彼女はパッと表情を明るくする。とっさに首を横に振ったヴィオラには構わず、助けてと目で訴えてきた。


「やめてよ。こんな時のための相棒ドラゴンがいるでしょ」


 真っ黒なナイト・センテリュオは見てくれがそこそこ恐ろしいから、いい人避けになるはず。

 と思ったら、肝心のシャルルがフィオの後ろに隠れて、股からあたりをうかがっていた。その様子がかわいらしくてますます人を集め、ますますシャルルは怯える。


「なにやってんのよあの子たちはっ。レースじゃ容赦なく蹴散らすでしょ!」


 受け取らなければいいものを、相手のいいように色紙を押しつけられているフィオに、イライラする。人集りはいよいよふくれ上がって、転写絵を撮る人々がフィオを囲みはじめた。

 見えなくなっていく幼なじみに、ヴィオラが足を踏み出したその時、棒読みの声が響く。


「あ、あー! ヴィオラだあー! もう遅いよー。待ってたんだからねー」


 下手な芝居を打ちながら、フィオが片足をかばって歩いてくる。慌ててついてきたシャルルが、いい具合にファンたちの行く手を阻んだ。

 腕にひっついてくるフィオを、ヴィオラはにらむ。


「ちょっと! こっち来ないでよ」

「いいじゃん。ちょっとだけ。あっ、じゃあ私友だちと約束あるので! これで失礼しますね!」


 残念がるファンに手を振って、フィオは強引に解散させる。

 まったくいいご身分ね。そう思いながらけていく人々を見ていると、フィオが腕にもたれかかってきた。


「はあ。助かったよ、ヴィオラ。ありがとう」

「別に。じゃあもういいでしょ。放して」


 取り戻そうとした腕は、むしろもっと強く抱き込まれる。


「やだよ。いっしょに行こ。せっかくだし」

「なんで私があなたと行動しなきゃいけないのよ!」

「ひとりだと声かけられやすいんだってば。ヴィオラだって有名人なんだから。私とふたりの世界作っておけば、周りが遠慮して歩きやすくなるよ」


 一理ある、と思ってしまい押し黙る。その隙を見逃さず、フィオはにやりと笑って優雅に腕を広げてみせた。


「私のドラゴンで好きなお店に送って差し上げますよ、お嬢さん」


 この混みようだと、帰りのドラゴン便も捕まらないかもしれない。高いヒール履いてきちゃったし、足痛くなるわよね。なにより今、ファンの相手をするのはめんどうだわ。

 けして誘惑に負けたわけではない。様々な選択肢の中で、フィオの提案が他よりちょっぴりマシと思っただけだ。


「で。なんで装飾屋なのよ。私行きたいって言ってないんだけど」

「だってヴィオラ、そのへんをぶらつきなさいって言うから。じゃあ私の都合でいいかなと」

「結局あなたが行きたいだけじゃない!」


 フィオはからからと笑った。いや漫才をしているわけじゃないのよ、とにらんでみてもどこ吹く風で、指輪を吟味している。ヴィオラはつい口を挟んだ。


「珍しいじゃない、フィオが指輪なんて。ハンドルとかライフル握るのに邪魔だからって、つけないでしょ」

「うん、そうなんだけどさー。やっぱりこういう時は指輪かなって」

「どういう時よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る