296 相棒ふたり②

『えー? わかんないよ。この子だって思ったんだもん。こういうのって早い者勝ちじゃないの?』


 シャルルはパクパクと肉を口で捕まえていく。暴投もなんのその。宙に舞い上がって、こぼさず胃に収めた。


「だったら俺が先だ! 千年も前から!」

『よくわかんないけどさ、ジョットはフィオの相棒より番になりたいんでしょ。だったらいいじゃん』

「つが!? ば、バカやろう! そういうのはもっと慎みもって言え!」


 動揺しつつも、シャルルの言葉がストンと胸にはまる。

 だからドラゴンではなく人間に生まれ変わったのか。竜神のフィオへの想いは、千年前から心の結びつきだけで満足できるものではなかった。同じ目と肌で世界を感じ、永遠よりともに生きられる一瞬を願った。


「……わかったよ。お前の横入りは許す」

『ボク知ってるよ。ジョットはなんだかんだ、いいやつだよね』


 投げるのはやめて、ジョットはバケツを置いてやった。待ってましたと言わんばかりに、シャルルは突撃してくる。

 フィオと惹かれ合う魂を持っているだけに、この甘えたドラゴンのことはジョットも憎めなかった。


「そういえばお前、妙なこと言ってたよな」


 宿からぞろぞろと村人たちが出てきていた。ジョットは人気ひとけに注意し、声を潜める。騒ぐ声は、ぽつぽつと竜舎のほうへ移動し、こちらに気づく者はいなかった。


『妙って?』


 最後の肉を放って丸呑みしたシャルルが聞き返す。


「竜置所から出た時だ。『またあの時みたいに変なことしちゃったかと思った』って。あの時って、どの時だ?」

『うー。その話はしたくない』


 目を逸らして、やけに気まずそうなシャルルを見て、ジョットはひとつ思い至る。


「もしかして、フィオさんを落とした時か」

『落としてない! ボクのせいじゃない! フィオがそう言ってくれたもんんんっ!』

「うおっ。まだ根に持ってたのか。悪かったって。別にシャルルを責めたいわけじゃない」

『あの時は急にムカムカして、グワーッてなってウオーッとしただけなの!』

「なるほど全然わからん。そういうのって時々あるのか? 興奮した時とか?」

『ないない! 興奮したってボクはフィオを守るよ! たまに相棒のこと食べちゃいたいって言うヘンタイいるけど、ボクは違うから!』


 ドラゴン界の特殊性癖など聞きたくなかった。ジョットは壁沿いのベンチの雪を払い、いったん腰を落ち着ける。


「よく思い出してみろ。次は最終レースだぞ。またそんなことになったら嫌だろ」

『うーん。うーん。あ! あの時なんか音が聞こえた気がする』

「音? どんな」

『変な音だよ。ボク嫌い。フィオの吹く角笛と笑い声が好き』

「それは同感だな。フィオさんの笑い声はどんな音楽よりも心地いい。にしても、音ねえ……」


 ドラゴンの咆哮、見物人の歓声、ライフルの発砲音。それらが今さら、シャルルの翼を乱れさせるとは到底思えない。転落事故が起きた練習中よりも、本番のほうが遥かに音にあふれている。


「ドラゴンも驚くような爆音? いやそんなん鳴ってたら別の騒ぎ起きてるよな。フィオさんはふいうちでもない限り落ちない。シャルルだけが真っ先に反応した。ドラゴンの関心を引く……角笛みたいな」

『角笛なんかじゃないよ。そんなことでボクは集中を切らしたりしない』

「待て待て。なんかもうひとつあっただろ、笛。ドラゴンに関係した」

『あったっけ?』

「バトルライダーが使う……骨笛!」


 その時煙のにおいを感じて、ジョットは振り向いた。するとギルバートが玄関先に佇み、紙巻たばこを吸っている。


「誰かと話していたか?」


 紫煙を吐き出しながら問われ、首を横に振る。ギルバートとは短いつき合いだが、医者で堅実な彼がたばこをたしなむとは意外だった。

 シャルルに怪訝な視線を送るも、ギルバートはまたたばこをくわえて黙る。静かになるのも落ち着かず、ジョットはベンチから立ち上がった。

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