297 相棒ふたり③
「ギルバートさん。骨笛の音って聞いたらムカムカして、グワーッてなってウオーッとなりますか?」
「そんなドラゴン目線で考えたことなかったな」
まずった。この聞き方は自滅だったか。
「まあそんな感じになるんじゃないか。あれはドラゴンの闘争本能を煽るものだ」
「それをレース中に吹いたら」
「バカを言うな。ライダーを気遣わないドラゴンになんて、一秒も乗ってられん」
「……ですよね」
ジョットは笑顔を繕いながら拳を握り、跳ねる鼓動を抑えた。
フィオさんの転落は事故じゃなくて、誰かが故意に起こした可能性がある。
「なあ、ぼうず」
犯人の心当たりをさらっていたジョットは、反応に遅れた。慌てて顔を上げると、ギルバートは宿の二階を見上げている。ため息をつくように紫煙がこぼれ、冷めた空気と混ざり合っていった。
「フィオのこと、よく見ててやってくれよ」
携帯灰皿でたばこをもみ消し、ギルバートはそれだけ言って去っていく。
彼がフィオを宴会から連れ出すところは見ていた。客室で久々の診察をしていたに違いない。その結果は、医者のしばれるような顔を見れば、自ずとわかった。
『フィオの足、やっぱり治らないんだね』
「シャルル……」
事故を起こし、未だ自責の念に囚われている相棒の心を思う。彼は今までどんな思いでフィオを乗せ、レースに臨み、共有する痛みに耐えてきたのだろう。
フィオと話せなくて一番悔しいのは、シャルルじゃないだろうか。
彼は直接、ごめんなさいを言うこともできない。
『ボクもつらいよ。自分の脚、何度も折ろうか考えた。フィオの相棒なら同じ仕打ちを受けるべきなんだ』
「シャルルそれは違う。フィオさんはそんなこと望まない」
『うん。わかるよ、今なら』
太陽が沈んだばかりの夜空を思わせる目が、ひたとジョットに注がれる。ドラゴンの表情はほとんど変わらないが、ジョットはシャルルが微笑んでいるように見えた。
『ジョットを見てて気づいた。ボクがフィオにできることは、いっしょに落ちることだけじゃない。支えればいいんだ、この脚で。ボクがフィオの足の代わりになる。またどこまでも連れていってあげるんだ。歩いてね』
「ああ、そうだよ。フィオさんはレースをやめても、お前から降りたりしない。シャルルのことが大好きだからな」
『ジョットのこともね!』
にわかに、運命に感謝したくなった。フィオと惹かれ合ったのが、この甘えたで少し臆病な、心やさしいドラゴンでよかったと思う。
ジョットは力強くシャルルを抱き締めた。シャルルもまた翼でジョットを包み、背中に頭をすり寄せる。
かと思えば、シャルルは腕を抜け出し、ジョットの股に頭を入れてぽんっと背中に跳ね上げた。
『ねえ、話してたらフィオに会いたくなった!』
「そうだな、俺も。じゃあ窓から突撃しよう!」
相棒たちの気配を辿り、窓辺に立ったフィオの前にふたりが飛び込んでくるのは、このあとすぐのことだった。
「すげえ。虹の門。これがロード島ですか」
共鳴石に導かれ上昇気流に乗り、雲を越えた先にその浮遊大陸は現れた。まるで世界の一部を切り取ったかのように、海と見紛う大河が絶えず岸から滴り落ちている。その上で放物線を描く虹が、来訪者を歓迎していた。
「きっと、もっとすごい景色が見れるよ」
フィオの言葉に胸を弾ませ、ジョットは彼女の腰に掴まり直す。それを合図に再び上昇したシャルルは、虹の門を抜けてさらに高く高く飛翔した。
遠くに悠然と佇む、人が寄り添うような形の山と同じ目線に立ち、島を見渡す。
「すごい」
「きれい」
ふたりして
大河が七色に輝いている。夜空に流れる天の川を注いだかのようだ。川底の星々は赤、青、緑、黄色と思い思いにきらめいている。川の流れにより瞬いたり隠れたり、にじんだりと、ひと時も表情を留めない。
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