295 相棒ふたり①

 天井から吊り下げた発光石が、眉を跳ね上げるギルバートの顔を照らし出す。フィオを見下ろす灰水はいみず色の目には、静かな憤りがにじんでいた。


「なぜそこまでする。お前さんはあの少年を、飛ぶ以外の生きる意味を、見つけたんじゃないのか」

「そうだよ。今の私は彼のために飛んでる。ひとりじゃないから、怖くない。彼はきっと私の手を放さないで、炎の中にいっしょに飛び込んでくれるから」


 自ら死のうなどとは考えていない。けれど、見果てぬ夢の先に死が待っていようと、突き進みたいだけだ。

 それがジョットの夢だから。それがチェイスへの恩返しだから。ふたりが愛してくれた、フィオ・ベネットのゆく道だから。


「この道を逸れるくらいなら、愛された私のままで終わりたい」


 深くため息をこぼして、ギルバートは背を向ける。扉に手をかけながら、ひとりごとのようにつぶやいた。


「無茶をするとわかってるやつに、薬はやれん。ガラス戸棚の一番下の棚の薬はな」

「ありがとう、ギルバート」


 医者が部屋から出ていくのを見送ってから、フィオはそっとささやいた。



 * * *



「まあ、シャルル! 元気だった? なんだかひと回りたくましくなったように見えるね」


 ジョットと連れ立ち宿から出てきたティアに、シャルルは尻ごとしっぽをぶんぶん振った。まるで生き別れた母と再会したような喜びっぷりだ。ティアがバケツいっぱいの肉を抱えていたからだとは思いたくない。


「あ、こらシャルル。ティアさんはまだ片づけがあるんだから、エプロン汚すなよ」


 飛びつきそうな素振りを見兼ねて、ジョットはたしなめる。土インクの足跡はんこは免れたが、顔を押しつけられた部分はよだれまみれになっただろう。

 しかし女主人は気さくに笑った。


「いいよ、エプロンくらい。いくらでもあるんだから。さてさて、シャルルの顔も見たし、騒いでる連中を追い出さないとね。この分じゃ、明日の朝食だって出せなくなるよ」


 外にいても聞こえてくる喧騒に笑い合い、ジョットはティアからバケツを引き取る。

 肉の塊がゴロゴロ入ったバケツを、片手でひとつずつ持てるとは思っていなかったのか、ティアは軽く目をまるめた。


「あなたもすっかり男になったね」


 茶目っ気たっぷりのウインクを贈られて、ジョットははにかむ。ティアが宿に戻るのを確認してから、どうしようかなと竜舎を見やった。


『あれが竜神様だって』

『竜神様?』

『前に会ったわ。妙な感じがしたのは、それだったのね』

「あー……。シャルル、そっちに行くか」


 村人たちの相棒ドラゴンに背を向けて、ジョットは竜舎とは逆の建物脇へ移動する。一杯のバケツを地面に置いてやると、シャルルはさっそく頭を突っ込んでむさぼりはじめた。

 今宵の肉は、村人たちがおごってくれた特大の牛肉だ。


「聞こえるっていうのもめんどうですよ、フィオさん」


 背後では建物を挟んでまだささやき合っている。ジョットにとっては、壁の向こうの騒ぎよりよっぽど耳についた。

 竜神の生まれ変わりだと自覚したせいか、現代に戻ってきたらロワ種以外のドラゴンの声も、聞こえるようになっていた。交信能力にはどうも、心臓より魂のほうが重要なようで、フィオには聞こえていないと言う。

 それを彼女はひどく悔しがっていた。シャルルの相棒は私なのに! と、ジョットにはつまらない嫉妬もされたので、ドラゴンとの会話は極力ひかえている。


「俺だってあなたの相棒でしょうが。ナビとしてだけじゃなく。シャルルよりずっと前から、俺とフィオさんの絆は結ばれていたんだ」

『ジョットおー。そっちのお肉もちょうだいよ!』


 見ればシャルルがのんきにしっぽを振り、頭を低くしてバケツを狙っていた。その余裕な態度に苛つくやら、こんな食いしん坊ドラゴンに対抗している自分が情けないやらで、ジョットは乱暴に肉を次々と投げた。


「なんっでお前が横入りして! 俺より先にフィオさんの相棒やってんだ!」

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