135 届く声 繋がらぬ心②
その時、ジョットが寝返りを打った。脇腹の傷に響いたのだろう。「痛い」とこぼしながら目を開ける。寝ぼけ眼をこすってのんきに欠伸をしたかと思うと、突然「フィオさん」とやけに確信した声で言った。
ジョットの目が迷わずフィオを捉える。
「ああ。起きたらフィオさんがいるとか最高のご褒美なんですけど。現実かこれ。夢?」
慌てず騒がず、フィオはまずジョットの口が動いていることを確かめた。目も開いて、焦点は自分に合っている。
これは一般的な知見から、ごく普遍的な手法により話しかけられていると見ていいだろう。
と、判断するや否や、フィオは床を蹴って突進した。
「ぐほおっ!?」
「ジョオットくうーん? なにがご褒美だよへらへら笑って。私の気も知らないで。勝手にあんな……っ。自分がどれだけ危ないことしたかわかってる!?」
「ちょ、フィオさっ、イテテッ」
加減なく抱きつけば、痛がることはわかっていた。一度身を引いたものの、なんだか逃げられたようで納得いかない。フィオは傷に障らないように、ジョットの頭を抱き締め直した。
「バカ」
本当はもっと罵ってやりたかった。なんで逃げなかったのか問い詰めてやりたい。
けれど胸の奥から熱いものがあふれてきて、のどを塞ぐ。熱が目も脳も溺れさせ、まともに動かなくなってしまった。
せめて表には出してやらないと唇を噛むのは、大人の
「フィオさんは怪我しませんでしたか」
なのにジョットはフィオにやさしくする。
「無事だよ。マドレーヌも私も」
「そっか。よかったです」
「よくない! あなたは子どもなんだから、自分の身を守っていればいいの! 私に構わず、無事に家に帰ることだけ考えなさい!」
「そんなのおかしいですよ」
あっけらかんとした声に身を離すと、ジョットは心底不思議そうな顔をしていた。しかし、瞬きひとつで瞳に影が降り、子どもらしからぬ面差しへ変貌する。
「俺の命は生まれた時からなんの意味もなかった。両親に
ふいに、後頭部を掴まれて引き寄せられる。存外強い力と鼻先が触れそうな近さに、フィオは困惑することしかできなかった。
「フィオさんこそ、いい加減自分の立場を理解してください。『この世にフィオさん以上に価値のあるものなんてない』って俺言ってますよね? あなたが死んだら、この世界で生きる意味なんて俺にはないんですよ。そんな俺があなたをかばうのは、当たり前でしょ?」
瞬間、心配や思いやりや大切だと思う気持ちまでもが、フィオの中で燃え上がった。それは怒りを燃料にしてますます盛り、フィオにジョットの襟ぐりをわし掴みにさせる。
そこで、我に返った。思い留まろうと思えば留まることができた。けれどこの感情は場の勢いだけじゃない。心の叫びだと確信して拳に力を込める。
「バカ言わないで! あなたにかばわれたって私はちっともうれしくない! 私に生きる意味を見出だしたんなら、壁じゃなくてふたりとも助かる道を探しなさいよバカナビ! ジョットくんがいなくなったら今度こそ私は――!」
炎の爆ぜる音。母を呼ぶ少女の声。それを見ていた自分。
少女の元に母は帰り、少女の元に父は帰ってこなかった。
私はひとりぼっち。
気づけば震えるほどジョットの服を握り締めていた。白くなった指先が、様々な感情を含んだ怒りの本性を物語る。
そんなはずはない。この感情は子どもに向けていいものではない。無理やり引き剥がすようにして手を放し、フィオは背中を向けた。
「フィオさん。その先の言葉はくれないんですか」
驚いた。ジョットの言葉はまるで、フィオの心を見透かしているようだった。
「なに。もっと罵られたいってこと?」
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