134 届く声 繋がらぬ心①

「ドラゴンと戦うか? それとも、戻るとも知れぬ友情を守って、犠牲を払うか? きみが戦争の渦中にいる族長の奥方なら、どうする」


 フィオとシャルルの問題なら迷わなかった。しかし、種族と種族の世界戦争となれば、わけが違う。


「私、は……」


 グリフォスの背負うものの重さを感じて、舌が絡まる。ただひとつわかったことは、世界を相手に挑んでいくには、足一本くらいでは足りないということだ。




『フィ、オさん……フィオ、さん……』


 翌朝。フィオはジョットに呼ばれてパチリと目を覚ました。スリッパを突っかける間もわずらわしく、急いで廊下に出る。そしてすぐ隣の部屋へ飛び込んだ。


「ジョットくん! 気がついたんだね……!」


 じゅうたんの縁につまずきながら、ジョットが横たわるベッドにかじりつく。しかし彼の目は閉じたままだった。呼びかけても起きる気配はない。


「私、寝ぼけたのかな。そうだよね。隣の部屋から聞こえるはずないもんね……」


 項垂れて、額に手をやる。違和感を覚えて手を見ると、親指が意思に反して震えていた。

 舌打ちしたい気分だ。ぐっと堪えると、代わりにため息が口をつく。


「ダメだ。こんなんじゃ」


 ジョットを――子どもを守れなかった自責の念が渦巻く。その中に紛れた厄介な感情に顔をしかめて、フィオは振りきるように立ち上がった。

 扉へ戻りながら、朝練でもしようと思考を切り替える。


『置いていかないで、フィオさん……』


 確かに聞こえた声が足を縫い留めた。フィオはハッと振り返り、駆け戻ってジョットの顔を覗き込む。


「ジョットくん?」


 しかしやっぱりジョットは目覚めていない。まぶたはぴっちり閉じて、長いまつ毛の影が落ちている。寝息は規則正しく、安らかだ。

 もしかしてからかっているのかと、目の前で手を振ってみた。鼻を摘まんで、空寝かどうか炙り出す。

 だが、苦しそうにうめいて口呼吸に移行しただけだった。


「寝言? そのわりにははっきりしていたけど」


 もう一度聞こえてこないかと、フィオはじっとジョットの顔を見つめた。


『また、置いてったら、いやですよ……あなたは、おれの……』


 ジョットがまた寝言をこぼす。しかし唇は少しも動いていなかった。

 叫びそうになった口を押さえ、フィオは勢いよくあとずさった。自分の目を疑いながらも、ジョットから視線を逸らせない。

 ふと、足になにか触れたと思ったら、引っかかって尻もちをついた。こちらは言葉にならない痛みだ。


「あ、うん。だいじょうぶだよ。ちょっと転んだだけ」


 庭にいるシャルルから心配の気持ちが伝わってきて、笑みで誤魔化す。床にはジョットのかばんが落ち、中身が飛び出していた。これの肩ひもに足を取られたらしい。

 手帳にえんぴつ、レース運営委員から配布された記憶石。ちらばったジョットの持ちものを集めて、かばんを引き寄せる。かばんの口からは、マドレーヌに自慢していたスクラップ本がはみ出ていた。

 その間に一通の手紙が挟まっている。肉厚な大輪が描かれた切手に、フィオは見覚えがあった。


「え? 来なくていいってば。そんなそわそわしないで」


 外から落ち着きのない気配が漂ってくる。相棒はフィオがまた背中から投げ出されたことで、神経が過敏になっていた。今回はゲミニ・カブトのせいだというのに。

 心でシャルルをなだめながら、フィオはせっせとかばんを元あったソファに戻した。そこでハタと気づく。


「ドラゴンの交信と似ていた……?」


 ジョットの声が聞こえた時、遮へい物や距離など関係なく、繋がったシャルルの心のように直接フィオへ流れ込んできた。

 けれど相棒の交信は、はっきりとした言葉で伝わるものではない。温度や強さ、速度などから読み取る程度のもの。

 まるで普通の会話のように、意思疎通できるだなんてあり得ない。


「ん。んうー」

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