154 共闘①

『あ、聞こえちゃってました? でもしょうがないですもん。フィオさん好きな気持ちが勝手に――』


 腰に回ったジョットの手を、フィオはぴしゃりと打った。


「いだあっ!?」

『うるせえぞ、ガキ。はしゃぐな』


 待ってましたと言わんばかりに、ジンはすぐ苦情を入れてくる。しかし声には疲労がにじんでいた。

 全速力のレース後だ。体力が残っていないのも無理はない。もたもたして、竜騎士の部隊が到着してもまずかった。早く片をつけなければ、とフィオは痛む足にムチを打つ。

 ロワ・ドロフォノスの頭部を狙い、鎮静弾を撃つキースの横へ並んだ。


『まったく効かないぞ。そもそも暴走状態を戻すのは難しいだろ』

「ファース村で一度、暴走したボア・ファングを戻した。確かに運がよかったこともあるけど、弱らせてみたらどうかな」

『だったら翼だな。翼は翼竜科が最も嫌がる部位だ。染料弾でいくぞ』

「一点集中しよう」


 キースと軽快な会話をしつつ、フィオはライフルの弾を変える。ジンが岩山を使ってうまく距離を取る姿を横目に、ふたりはそろってロワ・ドロフォノスの上を取った。

 右第一翼腕よくわんへ狙いを定める。相手が巻き起こす風の影響を計算しながら、翼が持ち上がった瞬間を射抜いた。

 パッと、桃色と青の蛍光染料が翼腕に散る。声を上げ、身をよじったところにもう一発撃ち込んだ。

 激しい咆哮が鼓膜をビリビリと叩く。今まで一番顕著けんちょな反応だ。


「キース!」

『フィオ!』


 だが次の瞬間、鋭利な牙を剥いた頭部が伸び上がってきた。互いに声をかけ合い、フィオとキースは左右に分かれてかわす。

 しかしロワ・ドロフォノスは諦めず、ヒュッと空気を震わせ巨体をひねり、鎌のような爪を振り回した。風圧でシャルルもジェネラスもよろめく。そばにあった山の岩肌には亀裂きれつが走った。

 針のような瞳孔の周りを狂気が瞬き、赤い目がキースを捉える。


「キース逃げて!」


 岩山とロワ種に挟まれたキースに、フィオが叫んだ時だった。突風が米神をかすめていく。一拍遅れて耳に届いた四つの羽音に、フィオは目を見張った。

 今にもキースごとジェネラスを呑み込もうとしていたロワ・ドロフォノスに、フォース・キニゴスが後ろ脚で掴みかかる。目元を襲われて悲鳴を上げる相手へ、銃を突きつけたのはランティスだ。

 一発の銃声が鳴り響く。


「ランティスさん……!」

『安心して。撃ったのは麻酔弾だ』


 ランティスの相棒コレリックは、すばやく相手から離れる。その間にキースも十分な距離を取った。


『フィオさん。僕だっていつまでも、コレリックの友だちでいたいんだよ。だから部隊よりも早く、ひとりでここへ来た』


 自嘲がにじむ声色に、ランティスの揺れ動く心が表れている。それでも彼は来てくれた。ドラゴンを傷つけたくない思いは同じだ。


「感謝します、ランティスさん。私の甘えにつき合ってください!」

『ああ! 狙うなら目だ! どんな生物も目だけは弱い。染料弾で視界を奪えば、さすがのあいつも逃げるはずだ』

『だが、的が小さい。当てるのは至難の技だぞ』


 キースの指摘にランティスはすぐに答えなかった。代わりにフィオの後ろから威勢のいい声が上がる。


「フィオさん! フィオさんなら絶対当てられる!」

「ジョットくん……」

『うん。僕も彼女が一番適任だと思う。やってくれるかい? フィオさん』


 フィオはすばやく勝算を立てる。飛跳石とびいしに比べて読みづらい動き、圧倒的速度、遮るもののない谷間の風。ドラゴンレースよりも安定した場所と、確実に狙える機会が欲しい。


「あの岩の頂上まで、あの子を誘き寄せられますか?」




 ひと足先に、フィオは塔のような岩のてっぺんに陣取った。ジョットはシャルルに乗せたまま、近くで待機させる。

 片ひざをつき、銃床をしっかりと肩にあてて支える。眼下に定めた照星の先に、キースとジン、ランティスがロワ・ドロフォノスを連れてきてくれる手はずだ。

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