153 六枚羽の闖入者③

『追われるのは慣れてるからな。なんせ、かわいちゃんたちが俺を放っといてくれないもんで。フィオ、お前には無理だ。邪魔だから離れてろ』

「あの人……」


 つまり、小回りが利いて速さのあるギョロメなら、ロワ種に捕まらない。フィオは離れて得意の射撃に徹しろ、と言っている。

 不遜ふそんな態度、見下した物言い、ふざけた表情。こんな状況でもどこか楽しんでいるジンは、根っからの遊び人だ。でもフィオは少しだけ、彼を好きになる女の子たちの気持ちがわかった気がした。


「ジョットくん、私たちは攻撃と支援に回るよ。ロワ・ドロフォノスの様子を探って」

「わかりました」


 言葉をにごしたが、ジョットは意味を違えず受け取った。ドラゴンと交信するために、彼が集中を高めていくのを感じる。フィオはロワ・ドロフォノスに近づいて、鎮静弾がもっと有効に効く部位を見極めようした。

 すると、四枚羽を広げたフォース・キニゴスが下から現れ、眼前に立ちはだかる。


『そこまでだ、フィオさん。これ以上は危険だから、僕たち竜騎士が引き受ける』


 背中に跨がるのはランティスだ。ナビで使っていた伝心石のイヤリングが、耳元でキラリと光る。僕たち、と言ったが他の竜騎士の姿はまだない。

 フィオは警戒を隠しもせず、ランティスをまっすぐ見つめた。


「分隊長がひとり先走っていいんですか」

『指揮はグリフォス団長が直々に執ることになった。相手がロワ種となると、いろいろ大がかりになるからね』

『フィオ!』


 そこへ、レースライダーたちを避難させていたキースも合流する。来て欲しい時に現れる頼もしい存在に、フィオは胸のうちで拳を握った。


「キース! ジンの援護をお願い!」


 向かい合うフィオとランティスの状況を、キースは瞬時に察したのだろう。止まらずに脇を駆け抜けていった。


「……大がかりってたとえば、散弾銃とか手投げ爆弾が必要になるってことですか?」

『フィオさん、きみの気持ちはわかる。僕だってこんなことはしたくない』

「だったら今すぐ麻酔銃に装備を変えさせてください。ロワ種はその種類に属するボスですよ。殺せば翼竜科たちは混乱して、なにをするかわからない」

『そうだ。だが、手段は選んでいられない。僕たちの後ろには、人口八十万人の都市があるんだ!』


 フィオ、と再びキースから通信が入る。いつになく硬質なその声に、フィオは唇を噛んでつづく言葉を待った。


『ロワ・ドロフォノスの瞳孔が縦に絞られてる。こいつは暴走状態だ』


 これで流行りの暴走衝動は、ロワ種でも例外なく陥ると証明されてしまった。周辺の翼竜科ドラゴンたちまで、親玉に感化されることがあれば最悪の事態だ。

 竜騎士もドラゴンも、フィオひとりではとても止められない。人竜戦争が、再来する。


『フィオさん。きみになにができる?』


 ランティスに問われ、フィオは悔しさに目を伏せた。


「わかりません……。ですが、バカをした友を止めるのに、大げさな武器なんていらないでしょう?」


 それだけ言ってフィオはランティスの横を抜けた。薄霧の向こうから大きな羽音と、キースの放つ銃声が聞こえてくる。

 だが音が聞こえなくても、フィオにはなんとなくロワ・ドロフォノスの気配が感じられた。


『相手から応答はあった?』


 まだ戸惑いが大きいが、フィオは心でジョットに語りかける。


『マナ波が乱れた伝心石みたいです。なにか言ってるけど、意味までは……。こっちと話す気がないってのは、わかりますけどね。フィオさんかわいい』

『最初に言ってた言葉、聞いた? 息子をかどわかすとかなんとか』

『聞きました。それが怒りの理由っぽいですけど、なんのことやら。声もかわいい』

『とりあえず交信はつづけて。鎮静弾が少しでも効けば、耳を貸すかも』

『了解です揺れてるイヤリングもかわいい触りたい』

『あのさ、さっきからなに。やめて。うっとうしい』

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