152 六枚羽の闖入者②
ジンがもっともなことを言う。分隊長のランティスがいち早くロワ種の出現を知ったのだ。竜騎士の部隊はすぐにも出動するだろう。
けれどフィオは彼らに一抹の不安を抱いていた。
「竜騎士には、やむを得ない場合にドラゴンの射殺許可が下りてる。ロワ種といえど、殺されるかもしれない」
『最近の暴走事件の影響だろうが、おだやかじゃねえな』
鼻で笑い飛ばすと思った男は存外、不機嫌そうな声を返してきた。並行するジンを見ると、ギョロメの首をぽんぽん叩いている。
「ジンもレースライダーだったんだねえ」
『あ? お前、俺をなんだと思ってたんだよ』
「遊び人」
『快楽主義者』
「クズ」
フィオにつづいてキースとジョットが口々に罵った。
『てめえらには聞いてねえんだよ! 特にクソガキ! てめえにクズ呼ばわりされるいわれはねえ!』
「は? ゴミクズがフィオさんと一対一で話せる権利あると思ってんなよ」
肩に乗っているジョットの頭を、フィオはどうどうと叩いた。
お喋りの時間は終わりだ。逃げ惑うライダーたちの悲鳴に混じって、六枚羽の風切り音が鋭く響いてくる。フィオはロワ・ドロフォノスを注視しながら、口早に言った。
「キースはライダーたちを誘導して。バラバラに逃げないように。ジンは私と――」
言い終わらないうちに、発砲音が鳴る。複眼の翼竜科が咆哮を上げ、親玉ドラゴンに挑んでいった。
『引きつけて谷に誘い込むんだろ! とっとと片づけようぜ』
ロワ・ドロフォノスはジンの放った鎮静弾を米神に受けて、ぴたりと動きを止めた。しかし赤い目に怯んだ様子は一切ない。つづけてもう一発放ったジンに、ロワ種は狩るべき標的を定めた。
フィオもキースとうなずき合って、速度を上げる。谷へ向かって飛ぶジンを追いかけた。
その時、隙間を駆け抜けるような風音がうなる。どんどん高くなる音のほうへ吸い寄せられて、シャルルは慌てて翼を振った。
ぴんと張った六枚羽の下へ、大量のマナが集められている。
「ジン、なにか仕かけてくる! 全速力で逃げて!」
フィオの言葉尻は、弾けた爆風に掻き消された。ロワ・ドロフォノスはまるで空を蹴ったかのように飛び出し、瞬く間にギョロメの背後まで迫る。
直後、金属と金属が衝突したような音が、谷にこだました。それがロワ・ドロフォノスの牙の音だと、フィオは遅れて気づく。
目を見張り、ジンの姿を探す。
『あ……っぶねえ!』
くるくると木の葉のように舞って、横へかわしたギョロメが見えた。声からしてジンも無事だ。
『こんな芸当ができるのかよ、ロワ種って。聞いてねえぞ』
「私も知らないってば。でもあの速度で飛べるのは直線だけでしょ。不意だけは取られないでね」
早くも岩山を回って戻ってきたロワ・ドロフォノスに、フィオは一発お見舞いした。鼻の頭に当たったはずだが、本当に弾が出たのかと疑いたくなるくらい手応えがない。
相手がロワ種であることを差し引いても、この効きの悪さはおそらく――。
『フィオ、さっきの反応を見る限りだと……』
「ジンも気づいたんだね。うん。このロワ・ドロフォノスは」
『お前、俺のこと心配したんだろ』
「……はあ!? 今言うそれ!?」
フィオが思わずとんきょうな声を上げると、伝心石の向こうでジンは爆笑した。
心配うんぬんよりも、大声を出してしまったことにだんだん恥ずかしくなってくる。熱くなった耳のそばで、ジョットの歯ぎしりする音がした。
「キース! どさくさに紛れてあの野郎誤射って俺が許す!」
『もうすぐそっちに行く。そいつはロワ種に食わせよう』
『いいぜ? この俺が囮になってやるよ』
思いがけない言葉が返ってきた時、フィオに向かってきたロワ・ドロフォノスの横面に鎮静弾が当たった。つづけ様に二発放たれた弾の射線を辿れば、ジンがライフルを構えている。
ロワ種の怒りの矛先が自分に移ったと見るや否や、ジンは金のみつあみをひるがえして相手を誘った。
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