151 六枚羽の闖入者①

 おだやかな感情に包まれて、やさしい否定がぽつりとこぼれる。今ならシャルルの気持ちが明確にわかるかもと思ったが、どうやら違うようだ。

 きっと、ジョットの力のおこぼれをもらっているに過ぎないから、フィオにはこれが限界なのだろう。


「ロワ種の言葉がわかるのは、やっぱり特別な存在だからかな。どうせなら、シャルルの声が聞けたらよかったのに」


 ため息をついた時、また強い引力を感じた。もうわかっている。わかっているから見る気もなかったのに、彼には甘い自分に抗えない。

 ヒルトップ家の屋根にジョットがいた。夜着のまま、スリッパもはかず裸足だ。寝乱れた黒髪を風に揺らし、一心不乱にフィオを見つめている。


『連れていけ。連れていけ。連れていけ。連れていけ。連れていけ』


 ジョットの思いが心を叩いてくる。フィオはとっさに目を逸らした。


『置いてくな。置いてくな。置いてくな。置いてくな。置いてくな』

「ジョッ、ト……」

『置いていかないで!』


 ギルバート・オルセン医師の制止を振りきってファース村を出た時から、フィオの終わりははじまっていた。キースが戻らないなら、ひとりで飛ぶ覚悟はあった。ジョットにナビを任せたのは、観光がてらのお遊びだ。

 これきりのはずだった。

 なのに、代わりのナビが見つかるまで、故郷のシャンディ諸島に着くまでと、終わらせなかったのはフィオだ。最初から代わりのナビを探す気なんてなかったくせに。

 潮時なら海上宿船でとっくに迎えていた。

 なのに、いつでも放せると高を括ったその手を、こうしてまた性りもなく差し伸べてしまうのは、どうして?


「置いてかれるかと思いました」


 フィオに引き上げられてすぐ、ジョットは腰にしがみついてくる。隙間風も通さない力加減、ぬくもりを、嫌がるどころかフィオの体は安堵を覚えてしまった。


「置いていければよかった」

『フィオ!』


 そこへ、イヤリング型伝心石から聞こえてきたのは、キースの声だった。マナ波をこちらに合わせてきたのだろう。

 振り向くとキースの横にはジンの姿もあった。


『ジンに通信機の予備、渡してやれ。お前のにそろえる』

「まさかアレをどうにかする気なの? やめときなって。怪我じゃ済まないよ」

『その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ』


 苦虫を噛み潰したようなキースの顔にくつくつと笑いながら、フィオは腰のポーチを漁る。目当ての小箱を掴んでしばし、眉をひそめた。

 だが意思疎通は重要だと、ジンに向かって小箱を投げる。


『お前今ちょっと渋っただろ』


 さっそくイヤリングを交換したジンが、目敏く文句をつけてきた。


「だって変態に渡したら変態に使われそうだもん」

『ああ。通信セッ』

「てめえはあとで絶対返せっ! 秒で返納しろ! わかったかこのクソゴミクズ変態犯罪キモロン毛野郎っ!」

『もっと言ってやれ、ジョット』


 ジョットは自前の伝心石を持ってきていた。それに向かってキレ散らかすジョットをキースが煽り、ジンがライフルを発砲する。

 この面子めんつでは通信機があったところで、意思疎通なんてできやしない。

 やかましい罵声を断ちきるようにライフルを振り、フィオはシャルルに加速をうながす。


「キース、ジン。弾は鎮静弾に換えて。まずはロワ・ドロフォノスを人のいないほうへおびき寄せる!」


 コズモエンデバレーに目を向けると、ちりぢりになって逃げる選手たちを追い、ロワ・ドロフォノスはセノーテに近づいていた。

 明るい枯れ草色の体躯は、巨大ながらも細くしなやかだ。バラバラに動く六枚羽の先端には黒い爪があり、すれ違い様に獲物を切り裂くという。

 ギョロギョロと標的を品定める赤い目の瞳孔が、縦に絞られているかはまだ見えない。


『つうかよ、なんでお前が率先して飛び込んでいくんだ。ここは竜騎士団の本部だぜ? あいつらに任せればいいじゃねえかよ』

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