155 共闘②

「シャルル。危ないと思ったらすぐ逃げるように」

「シャルル。今の冗談だからな。俺たちの役割はフィオさんを守ることだ」


 ムッと顔をしかめるフィオと笑っているジョットを、シャルルは交互に見比べた。当然、相棒であるフィオに従うと思いきや、ジョットのほうを見てひと声鳴く。


「うらぎり者」


 夕飯はお肉抜きだと宣言すると、シャルルは足踏みしながら抗議の声を上げた。その背中でニヤニヤしているナビはもっと小憎たらしい。

 と、その時、ジェネラスの遠吠えが響き渡った。ロワ・ドロフォノスがこちらに近づいている合図だ。フィオはライフルを構え直し、照星にひたと焦点を合わせる。

 先に捉えたのは風に混じる羽音だ。そして薄く棚引く雲の中に、巨影が現れる。

 ランティスとコレリックが囮となって先陣を切り、その背後からロワ・ドロフォノスが咆哮を上げ猛追してくる。上空からはジンとギョロメが追尾し、相手の退路を断っていた。


『フィオさん! あとは頼んだよ!』


 ランティスは標的の進路を変えないよう、岩山の縁すれすれを狙って駆け抜ける。

 風がフィオの髪を舞い上げ、薄雲がパッと切れた。獲物を追って縦に裂けた目がぎょろりと上向く。ロワ・ドロフォノスの頭部が持ち上がる直前、フィオは呼吸を止めて引鉄を絞った。

 不思議と、発砲音も風の音も羽音も、聞こえなかった。フィオの耳に届いたのは、染料弾が着弾と同時に弾けるかすかな音だけ。

 暴走衝動に染まる赤い目が、桃色に塗り替えられる。


「アァアアアアッ!」


 激しい悲鳴を上げて、ロワ・ドロフォノスは弾かれるように追跡をやめた。頭を振り乱し、染料を飛び散らせる。六枚の翼はでたらめにのた打ち回った。

 すると背中に風がぶつかってきて、フィオは慌てて近くの岩を掴んだ。風がまたロワ・ドロフォノスに集まっている。


「崩れた体勢を、風のマナで立て直そうとしてるんだ……!」


 気流が乱れている。今飛ぶのは危ない。

 しがみついて耐えろ、とシャルルとジョットに叫ぼうとした時だった。


「うあっ!?」


 風に耐えきれず、引き寄せられたジンとギョロメが六枚羽に打ち上げられる。フィオは、上空へ投げ出されたジンの手が、ギョロメのハンドルから離れているのを見た。

 風と重力に従うしかない彼らを、今度は振り上げられた翼が襲う。


「ジン……っ!」


 叩きつけられたジンとギョロメは、フィオの目の前を真っ逆さまに落ちていった。

 フィオはライフルを肩にかけるや否や、岩を蹴って宙へ飛び込む。


「フィオさん!」


 ジンほどの実力者なら、あの気流でも乗りこなすことができる。しかしレース直後に加え、ひとり囮役を買い、体力は限界だったのだろう。

 遠慮という言葉を忘れたような男が、無理をしてでも作戦に応じたのは、相手がギョロメと同じ翼竜科のロワ種だからか。

 四肢を広げて空気抵抗を作っているジンが見えて、フィオは体を垂直にして近づいた。


「柄にもないことするからだよ、遊び人」

「あー、ギョロメは?」


 肩をがっちり掴んで、耳元で罵ってやる。しかしジンはそれよりもギョロメを気にかけた。

 フィオは上を見やる。ギョロメは地面に対し水平姿勢を取っているが、翼や脚に覇気がない。相棒のジンを助けにくることもなく、ぼんやりしている。


「無事だけど、軽く意識が混濁してるかも。呼びかけてあげて」


 言いながら、フィオはジンの手を掴んで、手足を広げた。こうすればもっと空気抵抗を生める。

 追いかけてくるシャルルとジョットが、もうすぐそこまで来ているのを感じた。


「……ありがとう、ジン」

「はあ? ミスって助けられてるのは俺だろ。逆だろうが」

「助けるのは当然だよ。私が巻き込んだんだから」


 フィオの言葉をジンは鼻で笑い飛ばした。


「誰がこんなことに巻き込まれてやるかよ。俺は俺のためにやってんだ」

「ふふっ。そうだね」

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