156 共闘③

 内側からジョットの呼び声が響く。それを合図と受け取ったフィオは、再びジンの背中に回ってぴたりと寄り添った。すると思い描いていた通りに、シャルルが黒い流星となって下りてくる。

 いったん追い抜かしていったシャルルは、翼を広げて速度をゆるめながら、やさしくフィオとジンを受けとめた。


「ごめんね、シャルル。ジンが重いよね。ギョロメが取りに来るまで少し我慢して」

「なんで俺限定なんだ! そこのクソガキが一番お荷物だろうが!」

「そんなに蹴落とされたいならお望み通りにしてやるよ、この変態野郎」


 横向きで腹這いになって乗っかるジンを、ジョットは容赦なく足蹴にする。やれやれとフィオは息をつきながら、ジンを踏みつけてハンドルを握った。

 ギョロメはどこかな。

 顔を上げた瞬間、伝心石にノイズが走る。


『そこから離れろフィオ! やつが来るぞ!』


 切羽詰まったキースの声が叫ぶ。その時にはもう、高まりきった風のうなりが、激しく空気を震わせていた。ロワ・ドロフォノスの隻眼がまっすぐフィオを射抜く。

 まずい。あの突進だ。

 フィオとジョット、シャルルの肌が同時に粟立つ。固まる獲物に向かって、ロワ・ドロフォノスは一気に飛び出した。


「ギョロメ来るな!」

「シャルル避けて!」


 夢中で指示を出しながら、フィオはジンの足を自分のものと絡めてハーネスに引っかけ、全体で不安定な彼を押さえつけた。

 直後、息もできない風圧に呑まれ、シャルルはまるで小鳥のように吹き飛ばされた。飛行姿勢が乱れて、空も大地もわからずぐるぐると風に弄ばれる。

 突進に当てる意味なんかない。

 風のマナの影響範囲内に絡め取ってしまえば、獲物は逃げられなくなる。本当に攻撃を当ててくるのは、そのあとだ。

 ふと、腰回りが軽くなる。


「くそ……っ!」


 フィオは目を見開き、腰に手をやった。しかしそこにはもうジョットの手がない。衝撃に耐えられず、宙に投げ出されていた。


「ジョットオッ!」


 片手でライフルを取り、ストラップを手首に巻きつけて体ごと目一杯に手を伸ばす。

 白く細い腕が懸命に空を掻いて、辛うじて銃床を掴んだ。とたん、片腕にビリビリと走った重量と痛みを、フィオは噛み殺す。


「おいっ、戻ってくるぞ! 早く引き上げろ!」


 ジンが叫び、傾いたフィオの腰を支える。


『フィオ! 今行く!』


 焦ったキースが、自ら危険に飛び込もうとしてくる。

 フィオは腕に力を込めた。しかし未成年と言えど、腕一本では少しも持ち上げることができない。それどころか、手首から先はみるみると赤黒く変色し、感覚がなくなっていった。

 ストラップで切れたのか、手のひらには濡れた感触が這う。


『ここまでやっても止まらないのか! くっ、間に合ってくれ……!』


 銃声が弾ける。きっとランティスだ。だがロワ・ドロフォノスの気配は止まらない。

 ここでわざわざ別の獲物に変える必要はないだろう。弱った個体が二匹、目の前にぶら下がっているのだ。


『フィオさん、俺が手を――』

『手を放す、なんて言わないよね』


 心で語りかけてきたジョットに、フィオは即座に切り返す。


『振り払っても振り払っても、しがみついてきたのはそっちでしょ。許さないから、今さら。私に安堵と執着を与えておいてっ、勝手に離れるなんて許さない!』


 このまま逃げられるところまで逃げるしかないと腹を括り、シャルルに下降を指示する。

 キースかランティスか、援護してくれる彼らの位置を確認しようと振り仰いだその時、


『逃がさん、人間。死んで償え! 我が同胞たちの痛みと苦しみを、思い知るがいいっ!』


おどろおどろしいロワ・ドロフォノスの叫びが、内側から響いた。

 巨影がすっぽりとシャルルを覆う。六重ろくえの羽音があたりの気流を操った。シャルルはまるで時を戻されたかのように、後ろへ引きずられる。

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