43 カーター兄妹対決②

 シャルルの独断で回避したのは、ライダーとして不合格だ。状況把握や最適経路の判断を下し、速度を保つことが乗り手の役目。ドラゴンには飛行に専念させなければならない。

 フィオは再び集中し、手紙をさばいていく。またしてもキースの妨害にあうが、もう体勢を崩されることはない。

 しかしキースと徐々に差が開いている。向こうは妨害しながらも、仕分けの手を止めていない。対してフィオは、やり返す余裕がなかった。


「キースはこっちの動きを読んでる。でも私は……!」


 妨害に出れば仕分けが疎かになる。それではダメだ。しかしこのままでは差が埋まらない。

 昔は逆だった。まじめに仕分けるキースに、フィオが先回りして邪魔をした。なにも考えなくても、キースの動きが見えた。どうすればいいかわかっていた。

 恐れも嫉妬も悔しさも知らず、ただ夢中になることができた。


「キースの勝ち、だね」


 ノワールの勝者宣言とともに、周りから拍手が起こる。賭けに勝った者は歓声を上げた。

 フィオはかばんのひもを握り締め、うつむく。その中にはまだ十通以上の手紙が残っていた。

 キースとの実力差よりも、過去の自分との差に愕然がくぜんとする。負傷前のフィオなら、キースに二十通は差をつけて勝てていた。


「これでわかっただろ」


 視界にキースの靴先が映り、フィオはびくりと震える。


「無駄な努力をして、足を余計に悪くする前に諦めろ。時には必要なことだ。新しく前へ向くためには」


 キースの足がゆっくりときびすを返す。とたん、胸に走った掻きむしりたくなるような衝動に突き動かされ、フィオは顔を上げた。


「まって!」


 腕にすがり、額を押しつける。羞恥があとから湧いてきたが、周囲の目や自尊心よりも、キースの存在が大切だった。

 祈るようにぬくもりを抱き締める。


「キースが言ったんじゃん。ドラゴンレースに出て、ふたりでロードスターになろうって。私をこの世界に誘ってくれた。夢中になる楽しさも、勝つ喜びも、拍手と歓声を浴びる快感も、あなたが教えた! 苦しいこともあったけど、キースがいてくれたから私は……!」


 顔を起こすと、視界の端にヴィオラがいた。フィオはにわかに、のどが締めつけられる思いがして、よろめく。

 とっさに踏み出した足がツキンと痛んだ。


「フィオ、足が痛むのか?」


 気づけばキースに背中を支えられていた。間近に赤紫色の瞳と見つめ合う。そこには昔から変わらない、静かなやさしさがあった。

 けれどキースは、我に返ったように身を離す。


「フィオ。俺はもうお前とは飛べない。俺がライダーとしてロードスターになるって決めたんだ」

「キース、本気なの……?」

「ああ。恨むなら俺を恨め」


 静まり返る人々の視線も気に留めず、キースはジェネラスとヴィオラに声をかけ、歩き出す。フィオに向けられた背中は遠く冷たく、まるで知らない人のようだ。

 ついに一度も振り返ることなく、キースが立ち去っても、フィオは呆然と立ち尽くしていた。

 その夜。風車に戻ったフィオはひとり、声を殺して泣いた。




「起きろ少年! ごはん食べよう! 今朝はお義母さんのミルクスープとパ――あ、やば。パンすごい雑に切っちゃった。ま、いっか。私が小さいほうで」


 発火石を設置したかまどで鍋を温めながら、フィオは上層に向かって叫んだ。しかしジョットはうんとも返事をしない。

 フィオが起きた――昨夜は寝ていないから体を起こしただけだ――時は、まぶたが動いて目覚めそうな様子だった。だが、どうやら二度寝を決め込んでいるらしい。


「おーい! 今日から仕分けの仕事でしょ。私も配達があるんだからね!」


 ノワールはジョットを手紙や荷物の仕分け係りに、フィオを配達員として雇ってくれた。これで滞在費はなんとかまかなえる。遅刻せず、まじめに働けばの話だが。

 上からシャルルの吠え声がした。それでもジョットが起きた気配はない。相棒もなにやら不思議がっている。

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