42 カーター兄妹対決①

「そう言うからには、私に勝つ自信があるんでしょうね。バカ兄」

「今のお前なんかジュニア杯の子どもでも楽勝だ。愚妹ぐまい

「だったら勝負だ。そのうっざい前髪ぶち抜いてやる」

「負けてガキみたいに泣くなよ」


 にらみ合いをはじめた子どもたちに、ノワールは慌てて止めに入る。しかしその瞬間、兄妹は息ぴったりに振り向いた。


「仕分け前の手紙、ありったけ持ってこい!」

「あ、はい……」




 ダークグレーの男性用ライダースーツに、キースは白の郵便局員腕章をつける。少し離れたところで、フィオも手紙がたっぷり詰まったかばんを肩にかけた。


「フィオさん、あのスカし野郎をぶちのめしてください!」


 息巻くジョットから黒いバイザーを受け取り、あごひもをしっかり留める。シャルルは興奮して、しっぽで床をビシバシ叩いていた。


「あたぼーよお! この仕分け勝負でキースが私に勝ったことは一度もない!」


 フィオは隣に聞こえる大声で言った。しかしキースはヴィオラとなにかやり取りしていて、振り向きもしない。新たな怒りにフィオの心が焦げつく。それに呼応してシャルルがひと声吠えた。


「カーター兄妹対決、久しぶりだなあ!」

「おい、どっちが勝つか昼飯賭けようぜ!」


 昔なじみの従業員は慣れたもので、はやし立てたり賭けごとをはじめたりと、おもしろがっている。入場を止められて不満を垂らしていた客たちも、ドラゴンに乗っているライダーがロードスター杯出場者だと気づき、扉に詰め寄った。


「ああもう。なんでこうなっちゃうかな……」


 局長ノワールも、客から「早くしろ!」とせっつかれては、ぼやいていられない。


「ルールは簡単! 先にすべての手紙を仕分けたほうが勝ちだからね!」


 手拭いを旗代わりに掲げる。それを見てシャルルとジェネラスは低く身構えた。

 待ちきれない、とシャルルが床を掻く。フィオはそっと首筋に触れて、相棒に最初の指示を出した。


「用意……どんっ!」


 布が勢いよく振り下ろされる。なびく手拭いは床に着く前に、飛び出した二頭の風圧で吹き上げられた。

 シャルルは指示通り一気に天井を目指す。フィオはかばんから手紙を掴みながら、すばやく目を走らせた。

 ヒュゼッペ国は全部で八つの区画に分けられ、それぞれに色が割り当てられている。下から上へ通過する一瞬で、フィオは仕分け棚の色の配置を把握した。


「よし。昔と変わってない」


 棚の位置は記憶通り。それならこっちのものだ。フィオは指に挟んだ大量の手紙の中から、瞬時に同区画のものを抜き取る。その時には心を汲み取ったシャルルが、目当ての棚へと飛んでいた。

 通り過ぎる様に投げ入れる。


「いいねえシャルル! 勘は鈍ってないよ!」


 子どもの頃、遊びの延長でよくやっていた手伝いを体が覚えている。手応えを感じてフィオとシャルルは風に乗った。

 お次は二区画同時。隣り合ったところを攻める。次は三区画、指に挟んだ複数通の手紙を器用に投げ入れる。シャルルが翼をひるがえす間に、新しい手紙を追加して、目で追うよりも速く感覚で住所を理解する。

 そこへ横から鋼の翼が襲いかかってきた。


「ちょっと!」


 なにごともなかったように、手紙を投げ入れていくキースをにらむ。


「ドラゴンレースで妨害は普通だぞ、お嬢さん」

「わ、わかってます!」


 幼い頃から、キースがケンカを仕かけてきたことは一度もない。いつもフィオがちょっかいをかけ、勝負しようと言い出す。まるで今と同じだ。

 子どもだったフィオはよく、キースのものを隠したり壊したりしていた。それでも兄は怒らなかった。悲しそうな顔で、事実を静かに受けとめる。そして同じ目でフィオを見つめた。

 その目で見られると、フィオはなぜだか無性に勝負をしたくて堪らなくなった。


「ごめん、シャルル。油断した。立て直すよ」

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