41 家族の再会③

「あ、あー。シュリ、喜びの歌はいいからどいて。ちょ、ユーバはなんでつついてくるの!?」


 小竜科ファイア・フライのユーバは、前反りの角でフィオを突き刺しにかかっていた。緑の小柄な体に、四枚の半透明の羽を持つ。こちらは義父ノワールの相棒だ。


「はははっ。ユーバはちょっと気位が高いからね。安心したら怒りが湧いてきたって」


 さあ座って、と家主はダイニングテーブルのイスをすすめる。フィオとジョット、ヴィオラは腰かけたが、キースだけは壁に寄りかかった。


「あ、お腹すいてる? 昨日のミルクスープがあるよ」


 息子から漂う微妙な空気を払拭するように、ニンファは台所へ立つ。


「お願い。あとパンももらえる?」


 フィオが頼むと、ニンファはすぐにかごいっぱいのクルミパンを持ってきてくれた。さっそくひとつ取ってかじりつく。そんなフィオをジョットは驚いた顔で見ていた。

 どうぞ、と目でうながすと、少年もうれしそうに手を伸ばす。


「いただきます!」

「それで、フィオ。これからはここで暮らしてくれるんだよね?」


 向かいに座るノワールが切り出してくる。フィオは横目でキースを見やった。どんな報告をしていたか知らないが、話をややこしくするのはやめて欲しい。


「違うよ。今日は仕事をもらいにきただけ。私は今、風車で寝泊まりしてる。それと、ロードスター杯には出るから」

「えっ。でもきみの足はまだ……」


 ノワールはキースを見た。ニンファも驚いている。フィオはそっぽを向いてパンをむしった。


「足は完治してる」

「骨折は、だろ」


 すかさずキースが訂正を入れてくる。この義兄は、医師ギルバートと連絡を取り合っていたに違いない。


「まだ足の痛みは引いてないだろ」

「それは歩き方に変な癖がついちゃっただけ。怪我じゃないから問題なし」

「だったら、その癖を直してからにしろ。痛みに気を取られて、また転落するぞ」


 ドラゴンの悲痛な声が響いた。シャルルだ。庭と繋がるテラスから、こちらを覗き込んでいる。今にも入ってきそうな相棒に、フィオはにっこり微笑んだ。

 しかしキースに向き直った時には、その片鱗へんりんも残さない。


「同じヘマはしないよ、私もシャルルも。今年こそロードスターになってみせる」

「無理だ。その足じゃ。諦めろ」

「無理? そう思ってキースは諦めたんだね、私を。より勝てる確率の高い相手を選んだんだ」

「やめて、フィオ。私たちにそんなつもりはないわ。特にキースはあなたを思って――」

「よせ、ヴィオラ。言い訳はしなくていい」


 キースがヴィオラを制した直後、テーブルを叩きつける音が響く。フィオが止める間もなく、ジョットがキースに掴みかかった。


「言い訳はしないってさっきからどういうつもりなんだてめえは! フィオさんは仲間だろ!? ずっといっしょにやってきて、はいさよならで済むと思ってんのか!? あんたの名前を新聞で見たフィオさんがっ、あんたに見限られたと思ったフィオさんがっ、どんな気持ちになったか考えてみろよ……っ!」


 キースのライダースーツを握り締めて、ジョットは力任せに何度も揺さぶった。

 見かねたノワールが立ち上がろうとする。フィオは義父を止め、代わりに自分が席を立つ。戦慄わななく小さな肩に触れようと歩み寄った。


「見限る。その通りだ」


 ぽつりと落ちたキースの声に、フィオは固まる。


「俺は、お前を諦めさせるために、レースライダーになったんだよ。フィオ」

「どういうこと」


 キースは冷たいほどに静かな目で言い放った。


「はっきり言う。お前じゃ勝てない。お前の夢はあの転落事故で終わったんだ。あとは俺とヴィオラに任せて、お前は静かに暮らせ」

「んなっ!? それが仲間の言うこと――」

「上等」


 喚くジョットを押しのけて、フィオはわからず屋に顔を突きつけた。澄ました赤紫の目を覗き込み、いっそ傲慢ごうまんにせせら笑う。

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