40 家族の再会②

「なにが安心しただ! 私に相談もなしに!」


 拳を取り返そうとした。だが、強く掴まれていて失敗する。


「どう話してもお前が怒ることはわかっていた。まさかシャルルと和解して、殴りに来るとは思わなかったが」


 もう一度強く手を引く。今度は外れた。フィオはすかさず義兄あにの頬を張る。しかし立ち上がって避けられ、また手首を捕らえられる。

 抵抗してみるが、これはなかなか逃げられそうにない。


「殴るのは痛いからやめろ」

「うるさい! 殴られるようなことしたのは、わかってるでしょ!」

「そうだ。だからこれ以上は言い訳しない。許せとも言わない」

「なにそれ……っ」


 振り払おうともがくが、キースは決然とした力で許さなかった。それでもフィオは暴れる。めちゃくちゃに揺さぶって、キースの固い心を拘束ごと打ち破ろうとした。


「私の気持ちまで勝手に決めないでよ! 私が許すかどうか、言い訳ぐらい言ってみろ!」

「お前、もしかして手紙読んでないのか?」


 思いがけない言葉に、ハタと動きを止めたその時、


「おい。フィオさんから手放せよ、オジサン」


横からジョットがキースの腕を掴んだ。

 普段の子どもらしく愛嬌のある姿からは想像できない、低い声と鋭利な目つきだった。


「お前は、シャンディ諸島の……」

「うっわ。おっさんに覚えられてても寒いだけなんだけど。キモッ」


 優れた記憶力を発揮するキースに対し、ジョットはえずく仕草をする。キースの目が細く研ぎ澄まされた。


「なるほど。フィオはこいつにきつけられたわけか」

「そういう言い方はどうかな」

「てめっ、フィオさん見てんじゃねえ! 同じ空気吸える立場だと思うなよ!」

「はいはい、そこまでよ。あなたたち目立ち過ぎ」


 そこへ、キースの隣に座っていた女性が会話を遮った。

 ゆるく巻いた赤茶色の髪は、品よくハーフアップに結わえられている。フィオを見てほころんだ栗色の目は、変わらず知的で美しかった。

 ブラウスに流行りの革製コルセットを締め、フィッシュテールスカートを合わせた出で立ちは、洗練された都会の風を吹かせている。


「久しぶりね、フィオ。なにはともあれ、顔が見れてうれしいわ」

「……私もだよ。ヴィオラ」


 ヴィオラ・エマーソン。子どもの頃は病弱でなかなか遊べなかったが、フィオとキースの共通の幼なじみだ。そして今は彼女がナビとして、キースと組んでいる。

 ふと、ヴィオラの髪が揺れて小竜が顔を出した。淡いピンクの体色に、赤い角を持ったぺディ・キャットのデイジーだ。

 デイジーはフィオに向かって高く鳴き、あいさつしてくる。

 それに応えてシャルルも鳴くと、ソファのかたわらに寝そべっていたドラゴンが起き上がった。鉱物科シュタール・イージスのジェネラスは、鋼の体に光沢をまとい、シャルルと鼻をすり合わせて再会を喜ぶ。

 ジェネラスはキースの相棒ドラゴンだ。


「フィオ!」


 突然、広間にフィオの名前が響く。振り返ると郵便局長の証――黒い制帽をかぶった男性と、局員の腕章をつけた女性が駆け寄ってくる。


「お義父とうさん、お義母かあさん……」

「フィオ、おかえりなさい」


 義母ニンファはそう言って涙ぐんだ。妻の肩を抱いて、義父ノワールもやさしい笑みでフィオを歓迎する。


「奥でゆっくり話さないか。キースもヴィオラちゃんも……えっと」


 ノワールはジョットに目を留めて首をかしげた。さっきまでの威勢はどこへいったのか、少年はフィオの後ろで縮こまっている。ノワールは目にいっそう慈しみを湛え、ジョットのことも気さくに招いた。


「ユーバ! シュリ! 久しぶりだ、あふっ!?」


 奥にある離れの居住区に上がって早々、フィオは義父母の相棒ドラゴンから熱烈な突進を受けた。


「あらあら。シュリはずっと心配してたものね」


 下敷きにされるフィオを笑って見つめるニンファの相棒が、シュリだ。

 フォレ・カナレイカという植物科で、黄色い体に葉のような翼を持つ。そして歌声のように澄んだ美しい声が自慢のドラゴンだ。

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