171 交信ときどき熱中症②

「ほらみろ。吐きそうになってるじゃねえか」

『ヴィゴーレ、さっきの言葉の意味はなんなの?』

『あとはテーゼか』

『待って待って! これ以上なぞ言葉を増やさないで! 私たちのこの交信能力はなに? なんでできるの? 教えて!』

『がおー』


 知らず知らず閉じていた目を、フィオはぱちりと開いた。ちょうど目の前にいたザミルと視線がぶつかる。


「今、ヴィゴーレ吠えた?」

「幻聴まではじまってるな! やばいぞ! とりあえず日陰に入れ!」


 フィオに肩を貸し、ザミルは腰を支えようと手を伸ばす。だが触れる寸前、ジョットにひねり上げられた。


「てめえ、フィオさんになにしてんだ?」

「お前がなにしてんだなんだわ! この揺さぶり犯! 熱中症を甘く見んなよ!?」


 これはなにか勘違いさせて、ザミルの世話焼き心をくすぐってしまったようだと、フィオは理解した。ただの寝不足だと適当な嘘をこき、場を収める。

 そしてジョットと心で、ヴィゴーレがおー発言についてこそこそ話し合った。


『つまり言う気はないと?』

『でしょうね』

『なんで! あんないかにもひけらかしといて! ジョットくん、選手交代。聞いてみて』


 しかし結果は同じだった。ジョットがいくら聞いても、ヴィゴーレは答えない。ドラゴン界のアイドル、小竜科ぺディ・キャットのようにハーディにすり寄って、のどをゴロゴロと鳴らしていた。


「ヴィゴーレ?」


 フィオとジョットがやきもきしていることなど露知らず、ハーディは相棒の心の機微を感じ取る。


「うれしい……さびしい……?」


 その時、フィオたちの頭上を影が通った。すると練習を見に来ていたレースファンから歓声が上がる。

 やけに野太い歓声だと思いながらフィオが目を向けると、鉱物科マル・ボルボレッタが客席をなでるように旋回していた。


「なるほど。地元レースクイーンのお出ましってわけね」


 青い体躯に、七色に光るオパールの翼を持ったドラゴンの背には、これまた鮮やかな桃色髪の姉妹が跨がっている。

 姉のパピヨン・ガルシアは長いポニーテールをなびかせ、ファンに投げキッスをした。その後ろで妹ピッピ・ガルシアは、相棒の小竜科ヴュー・ソシオを抱えて、手でハート形を作る。


「相変わらずすごい人気だなあ」


 フィオは素直に感心する。エルドラドレース優勝者のフィオだって、道行けばサインや転写絵の撮影を求められる。しかしいつまでも照れが抜けず、せっかくのファンに十分な対応ができないでいた。

 決めポーズでもあれば困らないかな?


「ふんっ。あんなののどこがいいのか一ミリもわかんねえな。フィオさんのほうが三千無量大数倍かっこいいし、かわいさロワ級だし、ファンサも神だっつの。特に照れた時のはみかみ笑顔とか毎回よだれが垂れ――」

「ジョットくーん。いつも応援ありがとう」


 胸の前で手でハートを作り、にっこり笑ってみる。


「んっっっっっっ!!」


 するとジョットはまるで殴られたかのように吹き飛び、胸と口を押さえて地面にドッと倒れた。


「ジョットくんんんんっ!?」


 のちにフィオはハートの決めポーズを封印し、こう語る。あれは放つべきではなかった。早過ぎたんだ。少年の尊い犠牲ぎせいをけして忘れはしない。


「あら。なんだかかわいいボウヤが転がってるわね。だいじょうぶ?」


 そこへマル・ボルボレッタが優雅に舞い降りてきた。ジョットの横にすらりと降り立ったパピヨンは、白魚のような手を差し伸べて助け起こそうとする。

 瞬間ジョットは跳ね起き、土を蹴立てながらあとずさってフィオの後ろに隠れた。どうやら年上女性の中でも、ガルシア姉妹は苦手の部類に入るようだ。


「ふふっ。本当にかわいいわね。照れちゃって」

「お姉様の美貌の前では仕方のないこと」


 しかしパピヨンはこの拒絶反応を照れ隠しと片づけた。寄り添うピッピも涼しい顔で同意する。彼女たちにとっては、これが日常茶飯事だとしたら末恐ろしい。

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