172 絢爛 ガルシア姉妹

 ラメで自己流に飾りつけたライダースーツを煌めかせ、パピヨンは長い足をハーディの前に運んだ。


「あなたが見えたから、あいさつしておこうと思ったの。ヒュゼッペでは遅れをとったけど、シャンディではまた私が勝ってみせるわ。調子に乗ってたら痛い目見るわよ」

「うん。いいレースにしよう。お互いにね」

「あなたのそういうところ嫌いじゃないけれど……」


 そこで言葉を切りながら、パピヨンはハーディのまだ少しあどけなさの残る顔や、赤茶の瞳、癖のない黒髪をゆったりと眺める。


「そうね。次のロードスター杯がはじまる頃には、お茶してあげてもいいかも」

「ありがとう?」


 首をひねるハーディに、相方のザミルはやれやれと肩をすくめた。

 姉が話す横でピッピは、胴長短足肉厚なヴュー・ソシオの頬を、ぶにぶにといじっている。その服装の奇抜さに気づいて、フィオはぎょっとした。

 常夏の島に相応しい水色のワンピースかと思えば、胸元がしずく型に、股が円形にくり貫かれて、大事なところが見えている。下には白の水着を着ているが、それでも心臓に悪かった。


「あれがおしゃれってやつなのかな。フィオお姉さんにはついてけないわー」


 と、その時、ピッピの後ろをシュタール・イージスが横切った。観客席に身を寄せると、背中からキースとヴィオラが降りてくる。


「それと、そちらはフィオ・ベネットだったわね?」


 競技場コロセウムに下りなかったキースたちを見て、フィオはすぐに事情を察した。ジェネラスとシャンディレースの相性の悪さから、見送ることにしたのだろう。

 それでもここへ来た目的はひとつ。敵情視察だ。


「あなたとのレースも楽しみにしているわ。なにがあったか知らないけど、今年のあなたの飛行、とても……ベネット?」


 席に着くや否や、ヴィオラはキースに腕を絡めてしな垂れかかった。やめさせようとしたのか、キースが彼女の肩を掴む。するとヴィオラが顔を上げて、見つめ合ったふたりはそのまま重なった。


「フィオさん? もしかして本当に具合悪いんですか?」


 ジョットの声で意識を引き戻す。気づけばパピヨンに怪訝な目で見られていた。


「ああ、いえ。なんでもないです。ピッピさんの服、素敵だなと思って」

「そう? ありがと。真似してもいいよ」


 ピッピの服や、さっき見たヴィオラの黄色いフリルロングスカートが、目印になるかな。私も女の子だよ、って。




 夕方。〈夕凪亭〉に戻ったフィオが、イヤリング型伝心石を持って悩んでいると、ジョットが部屋を訪ねてきた。


「フィオさん。あの俺、ピュエルに夕食に誘われてて」

「そうなんだ。行ってきなよ」


 フィオは例によって減量中だ。こちらの心配はいらないと、手を振って送り出す。


「俺、ピュエルに夕食に誘われてて」

「たった今聞いたよ! 聞こえてたよ! そして行ってこいって返事したよね!?」

「ピュエルに夕食に――」

「わかってるっつの! なに!? 返事が気に入らないわけ!?」

「……そうですか」


 やっと会話を進め、ジョットはとぼとぼ扉へ向かった。その手前でちらりと振り返り、ドアノブを掴んでまたこっちを見る。

 反応したら負けだ。フィオは伝心石をいじっているふりをして、ベッドに寝転び背中を向ける。

 こう着状態が短くはない時間つづき、やっと扉の閉まる音がした。


「あー、もー。ジョットくんの粘着質は、あの触手ドラゴンもまっ青だわ」

「フィオさん! 本当に行っちゃいますよ!?」


 思わずぼやいた直後、扉が開け放たれてジョットが戻ってくる。フィオも堪らず飛び起きて、そばにあった枕を投げつけた。


「さっさと行け!」

「いやだあー。行かないでって言ってくださいー。レースの作戦会議がとか、てきとうな理由でもいいですからあっ」

「そんな嘘、じゃあ明日にするわって言われて終わりでしょ!」


 言い争っていると、一頭のドラゴンの鳴き声が聞こえた。鉱物科のヴェル・スカルロットだなと思っていると、宿の玄関から話し声がする。

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