170 交信ときどき熱中症①

 集団で飛ぶ感覚を培い、シャルルに我慢を覚えさせるいい機会だった。


「前回パピヨンさんがずっと斜め後ろにいた理由は、それだったんだね。最後の最後で抜かれて、すごく悔しかったんだ」


 なるほど? フィオはさりげなく、シャルルをヴィゴーレの斜め後ろにつける。するととてもいい上昇気流が吹いていた。一般ドラゴンよりふた回り大きいヴィゴーレの翼は、それだけ気流を起こす力も強いらしい。

 レース中彼についていけば、楽に運んでくれるのでは。フィオはにやりとほくそ笑んだ。

 とたん、ヴィゴーレが振り向いてじっと見つめてくる。ロワ種の圧に、シャルルはびくりと羽ばたきを乱した。


「まあ、ひと筋縄ではいかないよねー」

「フィオさん、そろそろ休憩しようか」


 常夏のシャンディ諸島は今日も暑い。ルーメン古国ここくと違って湿気も多く、フィオはハーディの提案に快く乗った。

 競技場コロセウムでは記憶石の地図を広げるジョットを、ザミルが覗き込んでいた。ヴィゴーレが起こす火の粉混じりの風に気づいて、軽く手を挙げる。

 相方にハーディはのほほんと言った。


「きみもなにか教えてもらってたの?」

「ははっ。教わったところでダメだぞ、これは。俺はマティ・ヴェヒターじゃないんでね」


 なぜそこで複眼の翼竜が出てくるのか、フィオは首をひねる。それをヴィゴーレはまだ見つめていた。


「どういうこと?」

「ジョットの視野が広過ぎるんだよ。フィオとお前を追ってたと思ったら、急に別のやつに注目して。一点集中しながら全体掴むとか離れ業過ぎるだろ」

「へえ。ジョットくんってすごいんだね」

「いや自分のナビだろ」


 ザミルにツッコミを入れられて、フィオはからからと笑う。その間も感じる視線。まっすぐ突き刺さる眼光。シャルルが怯えてフィオの後ろに隠れる。

 ヴィゴーレだ。もはや見なくともわかる。敵意は感じないが、再会してからずっとフィオを目で追っている様子だ。

 ロワ種同士、親交でもあったのだろうか。ロワ・ドロフォノスの片目にちょっとゴミを入れた手前、交信するのがめちゃくちゃ怖い。

 フィオは暑さのせいだけではない汗を拭いつつ、ジョットに心で聞いた。


『ヴィゴーレ、怒ってると思う?』

『怒ってないぞ』

「ひえっ!?」


 思わず悲鳴が飛び出し、慌てて口を押さえる。そんなフィオをハーディとザミルは不思議そうに見やり、ジョットは苦笑した。


「どうかしたの? フィオさん」

「いえ、なんでもないです……」


 間違いなく、今響いた声はジョットのものではなかった。人間でたとえるなら、熟成した五十歳以上の、渋みも深みも増した素敵なおじ様声だった。

 赤々と炎の脈拍打つドラゴンを、フィオはおそるおそる見る。


『俺の声が聞こえるようになったか。おもしろい。イグナーだけでなく、ヘルツィヒとオルグリオに会って生きてるとはな』

「あばばばば……!」

「おい、こいつ本当にだいじょうぶか!?」


 ザミルから若干引いた目で見られるが、それどころではない。

 まるで当然のようにドラゴンから話しかけられ、しかもロワ種で、わけのわからないことを言われたのだ。フィオの脳神経はもう焼き切れる寸前だ。

 暴走状態だったロワ・ドロフォノスの時とはわけが違う。


『ド、ドラゴンが意識を持って、共通言語で交流してくるなんて……! 夢じゃん! 絵本で読んだ全人類の夢が叶ったあああ!』

「あ、ザミルだいじょうぶだ。フィオさんはちょっと頭沸い、いやいや、あれ、熱中症みたいなあれだから」


 乾いた笑みで取り繕いつつ、ジョットはフィオの肩を掴んで強く揺さぶる。


『フィオさんしっかりしてくださいよ! 今なんか重要っぽい言葉ありましたよね!?』

「ジョ、ジョット。熱中症のやつそんな揺らしたらダメだろ。おーい?」


 ザミルの心配をよそに、フィオは我に返る。しかし興奮は頂点に達し、またなにを口走るか自分でもわからない。フィオは両手でしっかり口を押さえ、意識をヴィゴーレに集中した。

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