68 旧坑道探検ツアー①

 生意気だと腹立たしい気持ちと、意外にも頼もしいと思う気持ちが、交互にふくらんできて忙しない。そうしてあとから湧き上がってきた感情は、胸ごと叩いて打ち消した。


「うれしい、なんて。私が守るほうだっての。ばか」


 けれど、勝手にゆるまる頬は止められなくて、ひざを抱えた腕の中に隠した。




「旧坑道探検ツアーはいかがですかあー。大人五〇〇ペト。子どもは三〇〇ペトでご案内します。一周約二十分の地下世界旅行。発光石の輝石きせき鉱脈などが見られますよおー」


 フィオは緑に輝くランタンを揺らして、通りすがりの観光客にやる気のない声をかける。

 ドルベガで見つけた新たな仕事は、酒場の大将に紹介してもらったツアー添乗員だ。エルドラドレースではコースの一部に坑道が含まれていて、狭く薄暗い場所の飛行練習にちょうどいいと、ふたつ返事で飛びついた。

 一日五〇〇〇ペト。客を取っても取らなくてもこの日給だ。ならば騒がず目立たず、客引きしながら時間を潰すに限る。


「おねーさん。案内してください」


 あくびをかましているところへ、子どもに声をかけられる。フィオは盛大にむせた。

 まったく、こんな一時の遊戯に小遣いを浪費するなんて、けしからんガキだ。そう思いながら目を向けると、見慣れた金の目がにんまり笑っていた。


「そんな顔してたらお客さん来ませんよ、フィオさん」

「サボりは感心しないね、皿洗い少年」


 けらけらと声を弾ませ、ジョットは隣にぴたりと身を寄せてきた。フィオはさりげなさを装って、一歩間をあける。

 少年は大将の酒場で皿洗いとして雇われている。流しの高さにも間に合っていない体では、皿を割るんじゃないかとフィオはヒヤヒヤした。しかし大将によれば、手際よくこなしているという。

 そういえば義父ノワールも、ジョットは飲み込みが早いと褒めていた。宿屋を営むコリンズ夫妻を見て育ったたまものか。なかなか器用でたくましい。


「俺は開店準備を終わらせて、昼休憩に入ったんですよ」

「昼。やっと昼かあ」


 時刻を意識したとたん、フィオの腹の虫が鳴る。今朝からなにも食べていない。節約もあるが、フィオは例によって減量中だ。


「よかったら食べませんか? 肉巻きおにぎりと鳥の串焼き買ったんですよ。宿泊してるから三割引きなんです!」


 紙袋から串焼きを出して、ジョットは誘いかける。肉厚な焼き鳥には、唐辛子入りのハーブがまぶしてあった。間に挟まれたぷりぷりの炙りミニトマトといっしょに食べれば、たっぷりの果汁が辛みを甘く包み込んでくれるだろう。

 なにより、さっぱりしたハーブ味を選んだのはフィオのためだとわかり、食欲がいっそう刺激される。


「ん。少年が食べな。私は夜まで断食中なんだ」

「食べないのは体に悪いですよ」

「慣れてるからだいじょうぶ。今回はちゃんと体重を落としきりたいの。私を勝たせたいでしょ? ナビくん」

「むう。そう言うのはずるいですよ。……無理はしないでくださいね」


 不満そうに唇を尖らせながらも、ジョットは引き下がった。フィオのすぐ後ろにある壁を背にして座り、昼食に手をつけはじめる。

 においにつられて、シャルルが鼻を動かしながら首を伸ばした。ジョットは笑って串焼きを一本差し出してやっている。

 こつん、とフィオの足になにかぶつかった。見ればジョットの足だった。反対の足にはシャルルがしっぽを置いている。

 これが相棒の甘えたがりな一面だ。体のどこかが触れていると安心するらしく、いつも重いしっぽをフィオに預けてくる。

 小さな足としっぽを見比べて、フィオはやれやれとため息をついた。


「地下探検? おもしろそう。これ、今から行けるの?」


 おっとりした声に話しかけられる。今度は正真正銘の客だ。フィオは営業用の笑顔で「はい」と答え、客を見る。

 その瞬間、笑みは彼方に吹き飛んだ。


「ハ、ハーディ・ジョーとザミル・リー!?」

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