67 邂逅 ジン・ゴールドラッシュ③

 スリッパを出して、ブーツを脱ぐ。トランクを運び込もうと手を伸ばしたが、ぶつかったのはジョットの手だった。

 強く引かれて、振り向かされる。よろめいた拍子に肩が壁にぶつかり、存外大きな音が鳴った。


「悪ふざけじゃないなら、なおさらです」


 ジョットはフィオを押さえつけてくる。その力は少し痛いくらいで、見上げる金の目には怒りが張り詰めていた。


「それだけじゃない。あいつはフィオさんの夢を笑った! 覚悟を、思いをっ、踏みにじったんだ! 許せません、俺は……っ。あなたが行かないなら俺がぶん殴ってきます!」


 かばんを捨てて、ジョットは部屋から出ていこうとする。離れていく少年の腕を、フィオは両手で抱き締めた。

 ジョットは肩が跳ねるほど驚き、振り払いながら玄関扉にぶつかってずるりと座り込む。


「あ。ごめんね?」


 触れられるのが苦手なジョットには、刺激が強過ぎたらしい。反省しつつフィオもしゃがむ。

 呆然と掴まれた腕を見つめる少年に、にっこり笑いかけた。


「あなたはやさしいね。他人ひとのために怒れるなんて」

「へ……?」

「私はジョットが怒ってくれただけで、十分だよ」


 でも、と身を起こすジョットの前に人さし指を立て、なだめる。視線を横へ流したフィオは、いたずらめいた笑みを浮かべてささやいた。


「それにさ、ああやってイキってる人をぶっ潰すの楽しいじゃん。借りはレースで返せばいい。そうでしょ?」


 そう言ったとたん、ジョットは「うっ」と胸を押さえた。なにごとかと思えば「フィオさんがかっこよ過ぎて辛い」らしい。

 そこはうれしいじゃなくて? 若者は独特な言葉を使うものだ。


「ほらほら。かっこいいフィオさんはシャワるから、少年も荷物置いて休みなさい。一時間もすれば、ジンたちは帰るでしょ」


 そういうフィオもジョットの若者言葉につられつつ、立ち上がる。トイレ兼シャワー室の発光石を灯し、トランクをベッド脇に置く。


「フィオさん、もうひとつだけいいですか」


 振り返ると、ジョットはなぜかまた怖い顔に戻っていた。ひかえめな声とは裏腹に、ずんずん距離を詰めてくる。

 とっさに突っぱねようとしたフィオの手を捕まえて、ひとまとめに掴んだ。壁に追い詰めて、体でフィオの動きを封じてくる。


「ちょっと待とうか少年」

「正直に答えてください」

「待って近いからっ」


 思わず顔を背けた先に回り込まれて、金の目とぶつかった。


「さっきあいつ、フィオさんの胸を『触り心地よくなった』って言おうとしましたよね。前にも触られたことがあるんですか」


 フィオは頬が熱くなった。ジンに触られたことくらい、ドラゴンのしっぽにぶつかるようなもので、なんとも思っていない。

 しかしジョットに見られていたと思うと別だ。まだ十四歳の子どもには、不潔に映ったことだろう。


「ご、ごめんね。ちょっと油断しちゃって。今まではキースがいたから、ジンもあんなことしてこなかったんだけど。もう二度目はないから安心して!」

「キース……」


 安心させたつもりが、ジョットはますます顔を険しくした。フィオの手をきつく締めつけてくる。それは子どもとは思えない力で、フィオは目を見張った。


「これからは俺がフィオさんを守りますから」

「え。少年がそんなことしなくても」


 掴まれた手が、ジョットの口元へ引き寄せられた。困惑するフィオの目の前で、薄い唇が触れるか触れないかの距離に迫る。

 指がびくりと震えた。ジョットの熱い吐息に肌をなでられた。


「もう誰にも、あなたに触れさせませんから」


 誓うように目を閉じて、ゆっくりと手を離す。そのままジョットは部屋を出ていき、すぐに隣室の鍵を開ける音が聞こえてきた。

 しばし放心していたフィオは、力が抜けてその場に座り込む。

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