66 邂逅 ジン・ゴールドラッシュ②
にたにたと笑いながら回り込んできたジンに背を向け、フィオは吐き捨てる。
「余計なお世話。あなたには関係ない」
「目障りなんだよ」
「は?」
「八位ごときが転写絵載りやがって。お前のつまらない同情話で、俺の華々しい活躍に水を差すな」
ヒュゼッペレース翌日のドラゴニア新聞を思い出す。顔も潰れて見えないような転写絵に写っていたのは、フィオとシャルルだった。
怪我からの復帰は確かにちょっとした美談にはなるが、こんな中の中――普通過ぎてつまらないライダーをよく取り上げたものだと、自分のことながら不思議だった。
よくよく見れば、その小さな記事を書いたのはあのミミという女性記者で、彼女ならと少し納得もしたが。
しかしだからと言って、文句を言われる筋合いはない。
「言いがかりはやめてくれる? あなたは三面の半分にでかでかと載ってたじゃん」
「そういうことじゃねえんだよ。このロードスター杯は、いやドラゴンレースは金と名声のための余興だ」
フィオはひくりと目元を引きつらせた。ジンは酔ってでもいるかのように、大げさに腕を広げ、酒場の客たちに向かって声を張る。
「俺のようなイケメンが華麗に空を舞い、脇役どもを蹴散らし、狙撃を決める」
手で銃の形を作り、ジンは女性たちに撃つ。三人が胸を押さえて倒れ、他はきゃあきゃあと騒ぎ立てた。
「その勇姿を客は望み、金を落とすんだ。よしよしされたい悲劇のヒーローはお呼びじゃねえんだよ」
なあそうだろ! とジンは客を焚きつける。すでに酔っ払っていた鉱夫たちは、グラスを掲げて「そうだ!」「いいぞゴールドラッシュ!」と乗っかった。
それを見てジョットが飛び出そうとする。しかしフィオは少年を手で制した。
「同情? 悲劇のヒーロー? 私のところへ来た記者たちが欲しがっていたネタは、そんなものじゃない。不幸に打ちのめされた敗者を笑う喜劇だ。あいつらを喜ばせてやるようなレースは、けしてしない!」
ジンに詰め寄り、フィオは指先で彼の輪郭をなぞってあごを持ち上げさせた。さらけ出されたのど仏に口づけるかのように、挑む。
「足が折れようが痛みで狂おうが、その
店内にはいつの間にか、静寂が満ちていた。グラスの音ひとつ立てるのも
「ロードスターってお前っ、そんな肩書きに足一本懸ける価値ねえだろ! バカかっ? レースはな、賞金で飲んで食って美女と遊ぶために出るんだよ」
ジンは両腕に女性たちを掻き集める。満足そうな笑みを浮かべ、美女も身をゆだねた。
金の指輪をはめた手を踊らせ、ジンは上機嫌に口ずさむ。
「まあ、そもそも勝てる才能も運もねえやつには無縁の話だったな。消えろよ、デブ。お前は悲劇の
「っざけんな! てめえなに様のつもりで――」
「少年」
突っかかっていくジョットを、フィオは短く咎める。ジンとフィオの間には緊迫した空気が流れ、外からナイト・センテリュオと翼竜科マティ・ヴェヒターの低い遠吠えが響いた。
ふと、フィオは息を抜き笑い声をこぼす。
「確かに。デブじゃあんまりヒーローっぽくないかも」
「フィオさん?」
「部屋に下がろう、少年。大将、騒いでごめんね」
ジョットの肩を叩いて、フィオは二階の宿へ向かう。
「あ、ああ。構わねえよ。部屋はいつもの場所だ」
大将から鍵を受け取り、階段を上がる。いつもの場所と言えば、廊下の突き当たりとその手前の部屋だ。
鍵を開けて中に入る。
「フィオさん待ってくださいよ」
「あなたの部屋は隣だよ。あ、角がいい?」
「そうじゃなくてっ。なんで言い返さないんですか!? それどころか笑って肯定するなんて……!」
「だって太ってるのは太ってるし。私は勝つために減量するけど、別にこの体型を恥と思ってない。ディックと違ってジンは悪ふざけしたいわけじゃないし、言っても火に油注ぐだけでしょ」
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