65 邂逅 ジン・ゴールドラッシュ①

 この男もロードスター杯の常連だ。

 レース時にはみつあみに結っている金の長髪が、腰まで垂らしてある。若葉色の目は、いつも女性を追いかけてにやついていた。

 彼のライダースーツは、ここエルドラド出身を象徴するかのように、金のブローチやチェーンで飾られている。

 ジンは髪を掻き上げながら、席を立った。それだけのことなのに、彼を取り巻く女性たちから黄色い悲鳴が沸く。


「なんなんですか、あの人」

「見ちゃいけない人種だよ。少年、先に部屋で休もうか」


 ジョットの視線をジンから引き剥がしつつ、奥にある階段へ下がろうとする。だがフィオはなにかにつまずいた。傾く体を、誰かの腕に支えられる。

 安堵するまもなく、あごを掴まれて強引に振り向かされた。愉悦に染まった若葉の目に覗き込まれる。

 こいつ今、足をかけたな。


「ずいぶん太ったな。五十八、いや六十はあるか」


 フィオはすぐにジンから離れようとしたが、腹をつままれて思わず固まる。不躾ぶしつけな手はそのまま胸へ這い上がった。


「でもこっちの触り心地はよくな、い!?」

「てめえっ! フィオさんに気安く触ってんじゃねえ!」


 気づけばジョットがジンの足を踏みつけていた。声も出ず痛みにもだえるジン目がけて、少年はさらに畳みかける。


「この変態野郎があっ!」


 ためらいなくくり出された蹴りは、寸分狂わずジンの股間に命中した。


「うわ、痛そー。アニキ、生きてますかあ?」


 どよめく女性たちの間から、痩身そうしんの男がひょこりと現れる。

 ジンのナビを務めるトンカチ・スタンパイクだ。茶髪の毛先だけを緑に染め、前髪は短めに広く額を出している。くすんだ紫のオーバーオールと、黒のネックウォーマーが彼の目印だ。

 トンカチはジンのそばにしゃがみ込むと、指先でつんつん触った。


「え? なになに。慰謝料十万払えですかい?」

「ちょっと! なに言ってんの。どうせ大した怪我じゃないんでしょ! 早く立ちなさい!」


 妙ないちゃもんをつけられそうになり、フィオはトンカチを押しのけてジンを上からにらみつけた。乱れた金髪から目を覗かせて、男はへらりと笑う。

 すると突然スカーフを掴まれて、フィオはひざをついた。


「じゃあ、まじないかけてくれよ。痛いの痛いの飛んでけって。もちろん俺の股か――」

「言わせねえよ?」


 なにごとか言いかけたジンの胸ぐらを、笑顔のジョットがひねり上げた。スカーフから手を外させて、フィオを背にかばう。


「今度こそてめえの粗末なモン踏み潰してやろうか」

「ああ? どっかで見たことあるかと思えば、キースと連れションしてたガキか」

「連れションじゃねえ」


 立ち上がろうとするジンを、取り巻きの女性たちがすかさず支えた。お礼を言われて頬をバラ色に染めたのも束の間、絶対零度の視線でフィオを突き刺してくる。

 バカバカしい。ジンは女とあれば見境のない男だ。構うだけ無駄とため息をついて、フィオはきびすを返す。

 ジョットをうながそうとした時、ジンがなにかに気づいたような声を上げた。


「そういやあ、そん時に聞いたぜ。フィオ、お前の足治ってないんだってなあ。飛べば飛ぶだけ、悪化するとか」

「ああ、それ古い情報だから。骨折は完治してます」


 キースのバカ。フィオは内心で毒づいた。


「そうかあ? トンカチが言うには、最終コーナーを曲がり損ねてたらしいじゃねえか。足が痛んだんだろ?」


 目を向けると、トンカチはネックウォーマーを引き上げて顔を逸らした。

 フィオとジンの実力は、それほど離れているわけではない。しかし彼のナビは厄介だった。トンカチのコース解析、ライダー研究は、ザミルやピッピでも敵わないかもしれない。

 自分にも他人にも厳しいキースが、認めているナビだ。


「しっぽ巻いて帰ったほうがいいんじゃねえのか。その歳で寝たきりは寂しいだろ」

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