64 エルドラド国首都ドルベガ②

「あれ。このへんはなんか暗いっていうか、静かですね」


 谷底に向かって伸びる坂沿いに飛んでいると、ジョットがそう言った。フィオは坂の曲がり角に酒場があることを認め、シャルルの速度をゆるめていく。


「上はね、宝石商とか資産家たちの街。このあたりは山を開拓した鉱夫たちの居住区なの。鉱石に目をつけたお金持ちが、土地をどんどん買って追いやられたそうだよ」

「ひどいですね。あとから来たくせに」

「最初からそういう街なの。ひと山当てれば、一夜で億万長者。運がない人は日銭を稼いでしのぐ。だけど幸運はこの山のどこかに必ず眠っていて、それを掴む機会は誰の手にもある。泣くか笑うか、明暗がはっきり分かれた街。それがドルベガだよ」


 店の裏手に回って、フィオは慎重に下りるようシャルルに指示を出す。特大の酒ダルは、ちゃぷんと音を立てて着地した。


「フィオさんってもしかして、ドルベガが好きなんですか?」


 さっそく金具を外して、シャルルに装着していた運搬用ベルトを回収する。体を振るシャルルから荷物を下ろしながら、ドルベガを思った。

 賭けごとはあまり好きではない。もしキースがカジノ通いをはじめたら、鎮静弾を撃ってでも止めている。


「んー。鉱夫たちの気持ちはわかるかな。下層に追いやられても街を出ていかないのは、ここに夢があるからだよ。夢を追いかけて、一か八か勝負に出るのは、レースライダーもいっしょだからね」

「そうですね。かっこいいと思います」

「職業にはおすすめしないけどね。少年は堅実に、コリンズ夫妻の〈夕凪亭〉を継いだほうがいいよ」


 からからと笑って、荷物を先に放り投げてから酒ダルを下りる。ジョットのかばんについた砂埃を払って振り返るが、少年はまだタルの上にいた。


「少年?」

「あ、今いきます」

「シャルルは竜舎で休んでて。あとでお肉持っていくからね」


 顔を覗くとシャルルは眠そうな目をしていた。

 アンダルトから約一週間。荷物に気を使いながらの長距離飛行だ。疲れるのも無理はない。普段なら建物の入り口までついてくるが、シャルルは大人しく隣接する竜舎に向かっていった。


「私たちも早く休もうか。この酒場ね、二階が宿になってるの。店主とは顔なじみなんだ。先に手紙出しといたから、部屋はもう用意してくれてるはずだよ」


 ジョットを連れて、フィオは表に回り店に入る。

 タルタル連峰に流れる時間はせっかちで、まだ午後四時半過ぎだったが、夕闇が迫りつつあった。なじみの店には、早めに切り上げてきた鉱夫たちが集まっている。


「お。ご到着だな、フィオ。復帰おめでとさん。新聞読んだぜえ。お前さん、キースとは痴話ゲンカでもしたのか?」


 鉱夫たちとあいさつを交わしつつ、カウンター席に向かうと、店の大将が気さくに声をかけてきた。フィオはつんと澄ました顔で、おさげ髪をほどく。


「私よりいい女がいたみたいよ。知らないけど」

「よっぽどおっかながってるんだろうよ。今年はキースから連絡がなかったぞ」


 キースは他の宿を選んだと知り、フィオは安堵を覚える。だが胸の奥底にはわだかまりがあった。

 ジンゲートの見事な帆船団も、宝山と呼ばれるドルベガの夜景も、ふたりだけの思い出だった。けれどキースの中では、ヴィオラと過ごした時間に塗り替えられつつある。


「大将。酒ダルは裏に置いといたから。私には煮たまご、この子には辛くない料理をちょうだい」


 フィオは手早く注文を済ませると、苛立ちのままにドスンッと腰を下ろした。


「おっと。巨大地震が来たかと思ったぜ。危うく酒を引っかけるところだった」


 失礼な言葉が聞こえてくる。見ると、ふたつ離れた席に男が座っていた。にたりといやらしい笑みを向けられて、フィオは盛大に顔をしかめる。


「ジン・ゴールドラッシュ。なんであなたがここにいるの」

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