69 旧坑道探検ツアー②

「よお。そっちはフィオ・ベネットと……ナビの少年だよな?」


 ザミルが気さくにあいさつしてくる。

 前回ハーディを優勝へ導いたナビだ。灰色の髪はやや長めで、襟足まで届いている。整髪料で逆立てるように癖をつけた髪型は、しゃれていた。

 青のパーカーと合わせた黒のジャケットには、ベルトの飾りがついていて大人びた印象を受ける。

 ザミルの黒い目は、うかがうようにジョットへ移った。


「俺はジョット・ウォーレス、です」


 警戒の目を向けながら、ジョットはフィオの横に並んだ。そんな少年にハーディはやわらかく微笑む。


「よろしくね、ジョット。フィオさん。僕はハーディ・ジョーだよ」

「いや知ってるから。さっき名前呼ばれてただろ」

「そうだっけ?」


 ザミルの指摘を気にした風もなく、ハーディはくすくす笑う。

 黒く癖のない髪を、耳が隠れるほど伸ばした、大人しそうな青年だった。けれど茶色がかった赤い目はどこか、マナのように神秘的な光を灯している。

 フィオにはその目が証に映った。ハーディのかたわらにひかえる、シャルルよりも二回りは大きい竜王ロワ種に選ばれた者の証だ。


「だいたいな、お前のことなんか隣のヴィゴーレ見りゃ一発でわかるからな」


 ザミルがぞんざいに親指でさしても、ロワ・ヴォルケーノが慣れた様子で大人しくしているだなんて、やっぱり信じがたい。燃え盛る炎のたてがみ、赤々と光る火の肺のまぶしさに、観光客も足を止め見入っている。

 火のマナの化身にして自然科の頂点。伝説の存在が人の相棒だったなんて、百年先で話したらきっと笑われるに違いなかった。


「ああ、そうだね。ヴィゴーレは大きいから」

「いやそういうことじゃなくて、うん、まあいいや」


 苦笑うザミルを尻目に、ハーディは平然とヴィゴーレの首をなでる。フィオは目をまるめた。

 炎のたてがみに触っても熱くないのかな?


「このツアーって狭い場所を通ったりするのか?」


 問いかけられて、フィオはザミルに目を移した。


「そうだね。ヴィゴーレだとギリギリかな」

「じゃあ、乗るのはやめとくか。頭ぶつけるかも、っておい、どうした?」


 突然、ヴィゴーレがのどをぐるぐる鳴らしながら動いた。まっすぐジョットのほうへ向かっていく。

 大人でも圧を感じるロワ種の巨体。少年がびくりと震えるのを見て、フィオはすばやく間に入った。


「ヴィゴーレ、落ち着いて。ジョット、びっくりしてるよ」


 ハーディもすぐさま腕を伸ばし、輝く胸部を押し留める。それでもヴィゴーレは首を伸ばし、相棒とフィオを飛び越して、ジョットのにおいをしきりにかいでいた。


「腹でも減ったか?」

「うーん。ジョットに興味津々みたい。気に入ったのかな?」


 ザミルとハーディの会話を聞きながら、フィオはそっとジョットをシャルルの後ろにうながす。

 ヴィゴーレと心が繋がっているハーディを疑うわけではないが、興味を持たれただけにしては反応が強い。それに、ジョットの表情が強張っていた。


「少年、もしかしてなにか感じたの?」

「『なるほど、なるほど。そうか』って言われました……」

「やっぱりあなたに興味があるんだね。相棒じゃなくても感情を読み取れるからかな?」

「違うんです、フィオさん。今のは、感情じゃなかった。“言葉”だったんです」


 フィオは目を見張る。うれしいや空腹、関心といった大まかな感情ではなく、人間同士の会話のように、ドラゴンの言葉を聞いたというのか。

 胸元の服を握り締めて、ジョットは目をさ迷わせた。


「こんなことは、はじめてです。断片的だったけれど、頭に直接響いてきて……。それに、なんだかこっちの心を読まれているようで落ち着きません」

「言葉が、直接……。それがロワ種の力?」

「わかりません……」


 困惑するジョットにかけるべき言葉が見つけられずにいると、ハーディが気遣わしげに声をかけてきた。

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