70 旧坑道探検ツアー③

「ジョットを怖がらせちゃったかな。ごめんね。ヴィゴーレにそんなつもりはなかったんだ。どうか許して欲しい」


 フィオは微笑みで、あえてハーディの謝罪を受けとった。

 ジョットは最初、フィオにもこの特殊能力を明かすことをためらっていた。あまり知られたくないに違いない。話が広まって、大ごとになっても厄介だ。


「じゃ、じゃあさっそくツアーに行こうか。私が先導するからついてきて」


 明るい声でフィオは話を変えた。宣伝用の看板をひっくり返して“ご案内中”にする。ザミルにつづいて、ハーディから五〇〇ペト受け取った時、彼はにこにこと言った。


「せっかくだから僕はシャルルに乗ってみたいな」

「はあ?」


 フィオよりも早く反応したのはザミルだった。眉間にしわを寄せて、相棒の鉱物科ヴェル・スカルロットを指す。


「お前はこの俺のヘクトに乗るんだろうが」


 ヘクトは胸を反らして、ガラスの翼を広げた。蛇腹状のそれは、坑道内の照明を受けて赤く透き通る。

 つんと澄まし顔で、ヘクトはシャルルを見た。まるで俺の翼のほうが美しいと言わんばかりだ。シャルルはぎゃうぎゃう喚きながら、フィオに頭を押しつけてくる。

 はいはい。シャルルの角は世界一きれいだよ。


「えー。こういう機会あんまりないんだからいいじゃん」

「お前はどうせ鉱石に見惚れて落っこちたりするんだ。迷惑かける前にやめとけ」

「やだ。ナイト・センテリュオに乗りたい。今の気分は赤より青」


 ハーディがぴしゃりと言ったとたん、ヘクトとヴィゴーレがびくりと震えた。ザミルまで傷ついたように口元を押さえ、フィオに近寄ってくるなり肩をがっちり掴んでくる。


「あいつ、すぐ夢中になって周り見えなくなるから、注意してやってくれ」

「オカンか」


 つい本音がこぼれた。

 新聞に載っていた年齢は、ハーディもザミルもともに十九歳の幼なじみだ。確かにハーディはどこかふわふわした雰囲気だが、ザミルはザミルで過保護らしい。いや、こんな幼なじみだからこそ、世話焼きになってしまったというほうが正しいか。


「よろしくね、フィオさん」


 ハラハラと何度も視線を送ってくるザミルに対し、ハーディはシャルルを見て満面の笑みだ。相棒がちょっとそわそわするくらい、眼差しが熱い。

 彼ってこんな人だったのね、と思いつつ、フィオはジョットを振り返った。


「少年はお店に戻ってな。少し休んだほうがいいよ」


 とりあえずヴィゴーレから離そうとしたが、ジョットは弾かれるように駆け寄ってきた。


「俺も行きます! 昼休みの時間はまだありますし。あっ、お金もちゃんと払いますから」


 そうは言っても不安がっているのは、目を見ればわかった。袖がひかえめに掴まれている。シャルルと似ていると思えば、つい甘やかしてあげたくなってしまう。


「じゃあジョットはヘクトに乗せてやるよ。特別にな」


 ザミルから快い申し出があれば、断る理由はもうなかった。


「それでいい? 少年」

「はい! もちろんです」


 嬉々と財布を出そうとする手を、フィオは止めた。ツアーのついでに身内ひとり連れていったって、怒られやしない。客の了承も得ている。

 ザミルの元へ駆けていくジョットを、ヴィゴーレはじっと目で追いかけていた。まあ取って食われることはないだろう、と片づけてフィオもシャルルに跨がる。すぐさまハーディも後ろに乗り込み、腰に掴まった。


「いいドラゴンだね。きみのことよく見てる」


 なにも言わずとも角を貸すシャルルを見ていたのか、ハーディは耳打ちしてきた。その指摘の鋭さに、フィオは苦いものを覚える。


「もしかして、観光のふりして敵情視察?」

「ザミルはそうだって言ってた。僕は純粋にドラゴンを見たいだけだけど、視察と変わらないよね」


 あっけらかんとハーディは笑う。こうも正直に言われると毒気を抜かれる。フィオはそれ以上言わず、ザミルに目配せしてから飛び立った。

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