71 旧坑道探検ツアー④

「それだけのんびりしてるってことは、エルドラドレースは見送るつもり?」


 ポールで仕切られた旧坑道入り口がすぐ見えて、シャルルは吸い込まれるように入っていく。大通りは誰でも見られる公開区画だが、この先はツアー客限定だ。

 フィオはハーディに問いかけつつ、後ろを気にする。ロワ種のヴィゴーレにはすれすれの狭さだったが、難なく飛んでいた。炎のたてがみに照らされて、岩壁がてらりと光る。


「そう。ヴィゴーレに狭いコースは向いてないからね」


 体の大きさは、先頭に立てば行く手を阻む盾になるが、出遅れれば狭い空間で抜くのは難しくなる。隠すまでもない、ロワ種の弱点だ。


「余裕があってうらやましいね。だったら八位に構わず、最大のライバル姉妹を見にいったほうがいいんじゃないの」

「彼女たちも今回は見送るみたい。例年通り故郷のシャンディ諸島で決めるつもりじゃないかな。僕らも温暖な離島出身だから、そっちには出るよ」


 出場レースを選ぶ時、祖国を取るライダーは多い。それは、生まれ育った環境が一番体になじむためであったり、応援者が多いためであったりする。

 実際、その国の出身者が上位に入る確率は高かった。

 エルドラドで言えば、ジンとトンカチがドルベガ出身だ。加えてガルシア姉妹もハーディとザミルも不在となれば、ジンの優勝は濃厚なものとなる。

 いけ好かない男の顔を思い出していたフィオは、「でもね」とつづいたハーディの声を聞き逃しそうになった。


「僕とザミルは、きみたちにも一目置いてるよ」

「射撃の腕を?」

「それもすごかったけれど、一番厄介なのはライダーとドラゴンの絆だ。ドラゴンは信頼する相棒のために、思ってもみない力を発揮することがあるからね」

「ロワ種を相棒にしているあなたの前では、かすむけどね」

「んー。どうかな」


 どういうことか聞き返そうとした時、ハーディが身を乗り出して歓声を上げた。指をさす先には、筋状の鉱脈が露出している。

 自分の仕事を思い出して、フィオは慌ててシャルルを止めた。


「これが、えーと、緑だから……発光石の輝石きせきです。緑色の発光石はタルタル山脈産の特徴で、純度がよく、世界中で取引きされています。まれに青緑色の発光石も見つかることがあり、その希少性から競り市では過去最高額の――」

「はい、先生」


 話の腰を粉砕してジョットが挙手する。先生じゃないんですけど、といろいろ言いたいことはあったが、フィオはジョットの発言を許可した。


「ハーディと近過ぎるんで十メートル離れてもらっていいですか」

「質問はまじめなものだけにしてください」

「え。じゃあフィオさんのスリーサイ――」

「質問はまじめなものだけにしてください」

「俺は真剣です!」

「黙れこのマセガキ」


 頬をふくらませるジョットを、ザミルがガリガリのボア・ファングでも見たような顔で凝視している。同行条件をすっかり忘れている子どもには、あとでみっちり灸を据えてやらねばならない。

 フィオはカンペを取り出し、説明に戻ろうとした。ところが、


「うわっ。お前やめとけって!」


ジョットの慌てた声が洞くつに響く。

 見ると、ヴィゴーレが輝石の鉱脈に近づいていた。その場で強く羽ばたきはじめる。炎のたてがみが風に煽られてチカチカ飛び散り、フィオは腕で顔をかばった。


「え。吸い込まれてる?」


 ちぎれた炎は、確かに輝石へ取り込まれているように見えた。すると次の瞬間、あたりに緑の光が弾ける。あまりのまぶしさにフィオは目をつむった。

 そこでハタと思い至る。

 ヴィゴーレのたてがみは、火のマナが具現化したものだ。発光石は太陽の光――つまり火のマナに反応する。ヴィゴーレの力を得て、眠っていた輝石が目を覚ましたに違いない。


「グルル」


 しばらくして、シャルルに呼ばれたフィオはゆっくり目を開けた。そして息を呑む。そこには黒い岩盤の空に、大小様々な緑の星々がキラキラ瞬いていた。

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