72 地響き①

「きれい……」


 砂粒ほどの発光石が集まり、まるで緑の雲のように広がっている。純度が基準値に満たなかった輝石の光は儚く、けれど夢のようにやさしい。

 そんな小さな灯を掻き消さないように、ヴィゴーレは息をひそめていた。


「僕とヴィゴーレは確かに友だちだ。ヴィゴーレもそう思ってくれている」


 だけどね、とつぶやいたハーディに、フィオは視線で応える。


「時々、忘れちゃいけないって思わされるんだ。彼が自然科ドラゴンの王だってこと。こんな景色を見せられると、余計にね」


 どうだ? と言うようにヴィゴーレはハーディに向かって首をかしげた。ハーディが笑顔で礼を言うと、満足そうにうなずく。

 人間のように親しみ深い仕草。だがフィオは、ロワ種ひいてはドラゴンの神秘的な力に、畏敬いけいの念を抱かずにはいられなかった。


「でもお前、よくハーディより先に、ヴィゴーレの動きに気づいたよな」

「あー。それはたまたまで……」


 次へ移動していると、ザミルとジョットの会話が聞こえてきた。少年はかなりしどろもどろになっている。これでは怪しんでくださいと言っているようなものだ。

 説明でザミルの気を逸らそうと、フィオはカンペをめくる。だが、なにか低い音を聞いた気がして、顔を上げた。


「どうしたの」

「静かに」


 不思議がるハーディを制しながら、耳を澄ませる。シャルルもヴィゴーレもヘクトも、いつになくそわそわと体を揺らしはじめた。


「なんだ、この音」

「地響き……?」


 ジョットとハーディも音に気づき、あたりを見回す。低い音はだんだんと大きく、激しくなっていった。

 緊張に、誰もが身じろぎひとつできずにいたその時、音が弾ける。すさまじい轟音ごうおんが耳をつんざき、空気ごと肌をビリビリと叩きつけてきた。


「落盤だ!」


 ザミルが叫ぶ。驚き、戸惑い、シャルルとヘクトが忙しなく頭を振る。相棒をなだめながら、フィオはさらに音に集中した。


「でも少し遠いみたい。この坑道じゃない」


 だがすぐに動くのは危険だった。離れた場所でも震動が伝わって、二次災害が起きる可能性がある。

 フィオたちは身を寄せ合い、音がやむのを待った。そんなドラゴンと人間を、ヴィゴーレは包むように翼で守ってくれていた。


「……やんだ、か?」


 しばらくして静かになり、ザミルは警戒しながら顔を起こす。


「少年、だいじょうぶ?」

「はい。フィオさんが抱き寄せてくれましたから」


 胸元からふにゃりと笑いかけられ、フィオはサッと身を離した。

 岩でも落ちてきたらと思ったら、真っ先に少年をかばっていた。これは大人として当然の義務なんだから、と湧き上がる照れを散らす。


「ヴィゴーレ、ありがとう」


 ハーディに鼻をなでられ、ヴィゴーレは鳴き声で返す。どうやら同行者もドラゴンも無事なようだ。


「すぐ外に出る! 私についてきて!」


 フィオはシャルルの頭を坑道の奥へ向けて進んだ。

 現在地からなら戻ったほうが早いが、この坑道は狭く一方通行になっている。もしフィオのあとに、別の添乗員が客を連れて入ってきていたら、正面衝突になりかねなかった。


進路レーン十二時方向トゥエルブトゥ左折レフト下降ダウン!」


 頭に坑道の地図を描きつつ、フィオはザミルに向かって指示を出す。入り組んだ坑道では先が見えず、飛びづらいに違いない。

 だが進路方向や勾配がある程度わかれば、レースライダーなら難なく飛べる。ナビのザミルなら、この専門用語で鮮明な地図が描けるはずだ。


「見えた! 出口だよ」


 途中、落盤が起きていることもなく、フィオたちは無事に坑道の大通りへと戻ってくることができた。


「ナイス、ナビ! 助かったぜ」


 旋回したフィオに向けて、ザミルが片手を上げる。ふたりはすれ違い様、互いの手を叩き合った。

 しかし大通りは、喜んでいられる状況ではなかった。岩盤の一部が剥がれて、落下した形跡がある。多くの観光客は、ドラゴンに乗って出口へ殺到していた。

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