73 地響き②

 大人の怒声、子どもの泣き声、ドラゴンのうなり声で、騒然としている。

 離れた場所でこの有り様だ。落盤の現場はどうなっているのか。


「私、落盤の現場に行ってみる。なにか手伝えるかもしれない」

「それなら僕たちも行くよ。ね、ザミル?」

「そうだな。混乱したドラゴンをなだめたり、避難を手伝うくらいはできるだろ」


 ハーディとザミルの申し出は心強かった。フィオはふたりに礼を言って、不安そうにしているジョットに目を移す。

 口を開きかけたとたん、少年はムッと眉をつり上げた。


「『少年はここにいな』なんて言わないですよね? こんなところに置いてかれたら、ドラゴンと大人たちに踏み潰されますよ」


 確かに一理ある。小柄で細いジョットは、簡単に突き飛ばされそうだ。

 だったら、私の目の届くところにいてくれたほうが安心かな。


「わかった。ザミルにしっかり掴まってるんだよ!」

「え。俺そろそろシャルルに戻りたいです!」


 混乱の最中さなか、無茶なことを言うジョットを振りきって、フィオは陽光に輝く出口へ向かった。


「フィオさん、あそこを見て!」


 押し寄せる人々とドラゴンに流されながら、なんとか空の下に出ることができた。シャルルとヘクト、ヴィゴーレは高く上昇し、地響きが聞こえた方角へ進路を取る。

 するとハーディが一本の橋を指して叫んだ。橋の上で鉱夫らしき男たちが慌ただしく動き、ドラゴンが飛び交っている。隣の橋にいる仲間に向かって、手招く様子もうかがえた。


「人を集めてる」


 あの橋の先が落盤現場かもしれない。フィオはザミルに合図を送り、すばやく近づいた。


「落盤で道が塞がれた! 中で十数人は生き埋めになってる! すぐ竜騎士に知らせてくれ! それからスコップやつるはしを持って、できるだけ人とドラゴンを集めろ!」


 聞こえてきた鉱夫の話に、フィオの心臓はドクリと跳ねた。


「それはこの先の坑道ですか!?」

「えっ。あんたらは……」

「私たちはレースライダーです! お手伝いします!」


 すぐには話を飲み込めなかったか、鉱夫の目はフィオたちの間をさ迷った。しかしヴィゴーレを見たとたん、その色が変わる。鉱夫ははっきりうなずき、橋の先の洞穴を指した。


「現場はこの先だ! 頼む! 岩を掘り返すのに手を貸してくれ!」


 返事をする間も惜しんで、シャルルは羽ばたく。暗闇に向かってためらうことなく飛び込んだ。

 せつな、目がくらむ。フィオが真っ先に感じたのは血臭だった。暗がりに目が慣れてくると、地面に横たわる鉱夫たちの姿が見えてくる。

 頭や肩から血を流し、痛みにうめき声をもらしていた。

 負傷者の手当てに追われ、残ったわずかばかりの人とドラゴンが、岩山に立ち向かっている。はじめてこの坑道に入ったフィオには、壁にしか見えなかった。けれどその壁の向こうから、ドラゴンの鳴き声が響いてくる。

 そこで助けを待つ者が確かにいた。


「ヴィゴーレ! 上から岩を崩そう!」

「シャルル! ヴィゴーレが崩した岩を下に運んで!」

「ヘクト! お前もシャルルを手伝え!」


 友人の声に応えて、ヴィゴーレは翼を広げ咆哮を上げた。すると、それに気づいたドラゴンたちが、サッと岩山から下りて道をゆずる。鉱夫たちもロワ種の巨体に驚きつつ、身を引いた。

 自然科の竜王は炎のたてがみを噴き上げながら、巨大な四肢で岩山にかじりつき、爪で突き崩しにかかる。その脇からこぼれ落ちてきた岩を、シャルルとヘクトが受けとめて、安全な場所へ運んだ。

 フィオとジョット、ハーディとザミルも、抱えられる岩を見つけてはどかしていく。

 そこに鉱夫と彼らのドラゴンも加わって、岩をリレーで運んだ。さすが坑道で働く男たちとドラゴンは手際よく、作業がずっとなめらかになる。


「もう少しでっ、入れる隙間ができる、かなっ」

「そうだねっ。そしたらシャルルとヘクトが、あっ……ヴィゴーレ!?」

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