93 ジョットくん

「ごめんね。それしか持ってきてないんだ。でもそんなに集めてどうするの?」

「保存用と飾る用と布教用です!」

「いらないでしょうが! ほら、私のあげるからこれで我慢しなさい」


 自分の分を折り畳み、フィオは押しつける。するとジョットはパッと表情を明るくした。金色の目が心なしか輝いている。


「いいんですか! こんな貴重なものっ。もう世に出ないんですよ。フィオさんの大事な記録なのに」

「記録ならメダルでもらったし、賞金がかさばって、かばんはもう入らないよ」

「賞金……。あのやっぱり俺百万、いや五十万ペトでも十分ですよ。だってフィオさんとシャルルの勝利ですから。俺はただ地図を読んでただけです」


 エルドラドレース優勝賞金四〇〇万ペトを、フィオはきっちり二〇〇万ずつジョットと山分けした。十四歳の少年が一度に持つには大金だと心配はしたが、報酬の正統性には納得している。

 少年の小さな鼻を、フィオは指先で軽く弾いた。


「私はひとりで飛んだつもりはないよ。後ろにはいつものように、あなたがいっしょに乗っていた。確かにナビはルール上任意だけど、ドラゴンと同じ大切な相棒だって私は思ってる」


 それに、とつづけながらフィオは身をかがめて、金の目をまっすぐに見つめた。


「最後のペナルティショットはあなたが考えた作戦。あなたの手柄だよ。だから誇っていい。昨日の少年は、会場にいるどのナビよりも素晴らしかったんだ!」

「フィオさん……」

「次も期待してるからね、少ね――」


 ジョットの黒髪に手を伸ばしかけて、フィオは思い留まった。不思議そうに瞬くまだあどけない瞳、その奥に強い光を感じてせつな見惚れる。

 迷った手を、見た目よりもずっと頼もしい肩に移して、そっと叩いた。


「これからもよろしく頼むよ、ジョットくん」

「へ? フィオさん今、名前……」

「大切な相棒って言っといて、いつまでも少年呼びはないじゃない。まあ、だからって認めたわけじゃないけど。最低でもあと三年くらいは経験積まないと、一人前なんて到底言えないからね」


 話しているうちになんだか照れくさくなって、フィオはつい背中を向けた。するとなにやら、ミミがにやにやとこっちを見ている。彼女はフィオの後ろを指さした。

 抵抗を感じつつも振り返って、ぎょっとする。

 ジョットは口元を押さえていた。その手の白さが際立つほど、頬を真っ赤に染めている。困ったように垂れた眉の下、目は泣き出しそうなくらいうるんでいた。


「フィオさん、おれ……昨日メダルもらった時よりもうれしいです」


 ほろろとほどける砂糖のように、甘くゆるんだ声で言われて、フィオの耳にも熱が飛び火した。


「ばっ、ばか! 大げさ過ぎ! なんか私が今まですっごくいじめてたみたいじゃん! お、男の子ならもうちょっとシャキッと堂々と……!」

「フィオさんフィオさん。ちょっとこっちに」


 自分でもよくわからないことを口走っていると、ミミに腕を掴まれジョットと離された。ついてきたシャルルの影に入って、ミミは声を潜ませる。


「ジョットくんは確か、知り合い夫婦の子どもって言ってましたよね」

「そうだよ」

「で。本当のところはどうなんですか」

「ちいがうってば! 本当も嘘もない! 友人の子ども!」

「まあまあまあ。私とフィオさんの仲じゃないですか。誰にも喋りませんよ?」

「一番信用ならない言葉! 明日には全世界に知れ渡ってるでしょ! ジョットくんは弟分なの。それ以上でも以下でもない!」

「本当ですかあ?」


 声にしなをつくって、ぐいぐい寄ってくるミミからフィオは顔を背ける。もうシャルルにしっぽで殴ってもらおうかと思った時だった。


「見つけたぞ!」


 午睡ごすい誘うのどかな通りに、似つかわしくない大声が響く。見れば坂の上から、二人組みの男が二頭のドラゴンと駆け下りてきていた。

 ひとりはパピヨン・ガルシアのシャツ、もうひとりはピッピ・ガルシアのシャツを着ている。その格好からフィオは、レースファンに捕まったかと顔をしかめた。

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