94 二人組みの男

 男らはフィオに気づかず、まっすぐジョットに向かっていく。まだ彼だけでは対応に困るだろう。フィオが間に入ろうとした次の瞬間、男たちはジョットの前で深々と頭を下げた。


「お迎えに上がりました、ジョット様!」

「え……」


 ファンにしては行き過ぎている恭しい礼、言葉遣いに、フィオは固まる。戸惑う目を向ければ、ジョットも驚いている様子だった。


「捜しましたよ。ピュエル様もご心配されています。さあ、我々といっしょに帰りましょう」


 パピヨン・ガルシアのシャツ男が、一歩詰め寄り手を差し伸べる。


「あんたらなんか知らない! 俺はどこにもいかない!」


 しかしジョットは男の手を弾いた。呆然とするフィオの手を取って、坂の下に向かって走り出す。とんきょうな声を上げ、シャルルが慌ててついてきた。


「ジョットくんどうしたの!? あの人たちはなに!?」

「あいつらは……人さらいです! とにかく逃げましょう!」


 ジョットの声は歯切れが悪かった。フィオの目を見ることもなく、さらに強く手を引っ張る。その握り締める力が、走る背中が、フィオには怯えているように映った。


「フィオさん! 後ろ!」


 ミミに呼ばれて、ハッと振り返る。彼女の近くから二人組みの男は、それぞれ相棒ドラゴンに乗り込んでいた。

 ひとりはザミルと同じ、赤いガラスの翼ヴェル・スカルロット。もうひとりは鉱夫が駆っていた大剣士グラン・グラディウスだ。

 二頭の鉱物科がドルベガの乾いた砂を巻き上げ、飛び立つ。


「シャルル!」


 まずは落ち着ける場所へ。

 フィオは走り寄ってきたシャルルに飛び乗った。無理な体勢からの騎乗は足に負担をかけたが、構わずジョットを引き上げる。

 いざ飛び立とうとした時、ヴェル・スカルロットが前に回り込んできた。驚いたシャルルは大きく仰け反る。

 その反応についていけず、ジョットの体がずり落ちかけた。すかさず細い手首を捕まえながら、フィオは体勢を立て直す。

 しかし後ろにはグラン・グラディウスが迫っていた。


「うわあー! ごめんよ! 通して通してー!」

「へぶ!?」


 そこへ突然、横からドラゴンが突進してきた。前を塞いでいたヴェル・スカルロットが吹き飛ばされる。


「シャルル! しっぽの刑!」


 フィオはこの好機を逃さない。背後に接近したグラン・グラディウスをシャルルになぎ払わせ、両手でジョットを引っ張る。彼が掴まるのを確認するや否や、心で合図を送り一気に高く飛翔した。


「ジョットくん、だいじょうぶ!?」

「は、はい。なんとか」


 ジョットの顔色をうかがうついでに、フィオは地上に目を向ける。先ほど突然現れた黄土色のドラゴンが飛び回り、二頭の鉱物科ドラゴンを牽制けんせいしていた。

 無駄のない旋回、相手の先を行くすばやさに、フィオは目を細める。


「四枚羽の翼竜……フォース・キニゴス。なるほどね」


 進路を東に取り、フィオとジョットとシャルルはそのままドルベガを出た。来た道を戻る形で霧深い谷を進み、前にも泊まった港町ジンゲートを目指す。

 フィオはあえてゆっくり飛ぶようシャルルに伝えた。フォース・キニゴスを駆る彼の実力なら、男らをまいてすぐにも追いついてくるはずだった。


「やあ! きみたち。怪我はなかったかい?」


 思った通り、郵便や配達のライダーたちを悠々と抜かして、翼竜科ドラゴンが近づいてくる。フォース・キニゴスは余った勢いを旋回で流し、シャルルの横にぴたりとつけた。


「下手な演技がいささか苦手のようですね、竜騎士殿」


 翼竜科に跨がる体格のいい青年に向かって、フィオは笑いかけた。短く切りそろえた白に近い金髪に手をやり、青年は青い目を細めて苦笑する。


「どうやら自己紹介の必要はなさそうだけど、改めてあいさつさせて欲しい」


 そう言うと青年は、肩にかけたライフルをくるりと回しながら取った。片手で易々と振ったり掲げてみせてから、またくるんと回して脇に挟む。そして胸に拳をあてる、竜騎士団流の礼をとった。

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